2023/05/08
研究科長の仕事は、人と会って話を聞き、その要望に応えたり、有益な意見を求めて助言を受けたり、こちらの見解を示して相手を説得したり、こちらの姿勢をアピールして一般に理解を求めたり、とにかく、いろいろな人と対話を重ね、意思疎通を図り、情報の流れを良好に保ちながら、研究科の内外を結ぶという仕事だと理解しています。特に春という季節は、年度替わりということもあって、外部の人と会う機会が多めになる傾向があります。昨年春の私は、新任という立場もあり、意識的にあちこちに出かけて、挨拶をして回っていました。今年は挨拶回りこそ減りましたが、誰かとお会いして有益な話をうかがい、同時にこちらの意見も伝えるといった機会には事欠きません。
今年3月末には、大谷直人・最高裁前長官をお迎えし、学生を対象にした講演をしていただきました。その際、大阪大学会館内の貴賓室において、意見交換をさせていただきましたが、判決文でしか接点のなかった人と対面で向き合うと、こちらの一方的な先入観(どんな先入観かは問わないで下さい)とは異なり、当然と言えば当然ながら、知識と経験を備えた温厚で社交的な法律家でいらっしゃることが、すぐに理解できました。このことは、前長官と直接交流された人には共感してもらえるでしょう。私個人は、前長官が最高裁を代表して外交をこなされてきたことの重みをひしひしと感じました。
4月に入ると、入学式を初めとする各種式典が目白押しとなり、新入生の皆さんはもちろん、そのご家族の方々や来賓の方々との交流の機会が生まれます。私にとって有益だったのは、大阪城ホールで開催された大阪大学入学式において、他部局に所属する部局長と会話ができたことです。大学本部の部局長会議の場など、他部局の部局長と接触する機会は確かに少なくないのですが、待ち時間の長い入学式の合間だったからこそ、余裕のある意見交換の余地がありました。研究科固有の問題を超えて、大学全体の問題を考える機会を与えていただいたものと受け止めています。
4月中旬から下旬にかけて、大学外部の方々とお目にかかる機会が多く与えられました。この時期、例年、大阪弁護士会の役員就任披露会があり、大阪弁護士会館での会に招かれるのですが、今年は久しぶりに対面での披露会だったこともあり(昨年はオンラインでした)、大阪弁護士会の役員の先生方だけでなく、各界から参加された来賓の方々と直接会話させていただくことができました。また、大阪大学中之島センター改修お披露目会では、総長を初めとする大学関係者はもちろん、やはり各界から招かれていらっしゃった来賓の方々との交流の機会に恵まれました。
ときには、海外からのお客様をお迎えして、意見交換をさせていただくこともあります。4月末にカリフォルニア大学デイヴィス校(UC Davis)からいらっしゃったLLMプログラム・ディレクターが本研究科を訪問し、同校のロースクールについて、様々な情報を提供してくれました。本研究科の学生にとって、海外のロースクールに留学して法律を学ぶという選択は、まだ念頭にないのかもしれませんが、3年次の秋冬学期や研究科修了後であれば、選択肢として浮上してくるのではないかと想像しています。そういう選択に興味を持った人には、こちらからも情報提供していきたいと考えています。
先月のこの欄では、他者と会話を交わすことの重要性を強調しました。出来のよい法律論は、大抵、真剣なコミュニケーションの産物なのだから、自己完結的な推論で済ますのではなく、人とコミュニケーションをとりながら自分の法律論を磨くようお勧めしました。このことは必ずしも狭い意味での法律論の構築に限られません。そもそも法律家は、コミュニケーションを通じて法律論を展開するものですが、業界内の議論を参照するだけの主張では、業界外に対する説得力を失いかねません。自らの主張に普遍性が備わるのは、外部の異質な議論に身を晒し、自己修正を繰り返した後だろうと思われます。本研究科の学生にとって、今はむしろ机にかじりついて法律書や判決文と向き合う時期だとしても、今後の法曹人生にとって、いろいろな人との対話が不可欠であるということは忘れるべきではありません。