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研究科長室より

歴代研究科長

松本 和彦 2022年4月 ~ 現在
水谷 規男 2019年4月 ~ 2022年3月
下村 眞美 2016年4月 ~ 2019年3月
三阪 佳弘 2014年4月 ~ 2016年3月
谷口 勢津夫 2010年4月 ~ 2014年3月
松川 正毅 2006年4月 ~ 2010年3月
吉本 健一 2004年4月 ~ 2006年3月

記事一覧

2024/11/13
高司創立20周年記念修了生交流パーティー

この欄でも何度も言及した高司創立20周年記念修了生交流パーティーが、今月10日(日)14時から16時過ぎまで、大阪大学中之島センター9階「サロン・アゴラ」にて、これといったハプニングに見舞われることもなく、ささやかながらも晴れやかに開催されました。当日は晴天で、かつ、比較的暖かい絶好のパーティー日和でした。穏やかな天候に誘われるかのように、懐かしい顔ぶれが続々と集まってくれました。このために遠方からわざわざやってきてくれた修了生も多数いました。その意気込みには大変感動しました。  10年前の周年記念パーティーのときは、豊中キャンパス内の大阪大学会館に会場を借り、今回以上に手作り感溢れたパーティーを開いた記憶があるのですが、あのときは修了生もみんな若くて、大半が独身者でした。しかし今回は修了生同士で結婚した夫婦がお子さんと一緒に来場してくれるなど、時の流れを感じる瞬間がいくつもありました。当時、パーティーの運営を手伝ってくれた在学生が、今では立派な法曹になっていて、今回は修了生として来場してくれている姿を見るにつけ、感慨深い気持ちになりました。  実は研究科主催で開催すると決まった時点で何とか押さえることができた会場の「サロン・アゴラ」は、今だからこそ申し上げられるのですが、立食パーティー時の定員が80名でした。ここに100人を超える修了生が殺到したらどうしようと不安な気持ちのまま参加を呼びかけたところ、予想に反して参加希望者の数がなかなか伸びず、定員オーバーどころか、今度は逆に来賓者や先生方の数の方が多くなりかねない恐怖に苛まれて、本来であればお招きすべき人への声がけにまで進めませんでした。最終的には駆け込みもあって修了生の参加者数がどっと増え、同伴のお子さんも含めると、90人あまりの出席という程よい数に落ち着きました。  短時間のパーティーで、多くの参加者が同期と旧交を温め、多くの先輩や後輩、さらには先生方とコミュニケーションをとっていただくため、歓談の時間をできるだけ多く確保しようと考え、挨拶やスピーチは最初の10分と最後の10分にまとめることとし、冒頭の挨拶も研究科長と青雲会会長(法曹会事務局長)だけに絞り、最後に在学生代表と修了生代表のそれぞれ1名だけがスピーチするという進行を予定していました。しかし、これだとせっかく集まってもらった修了生や先生方に対して素っ気がないし、物足りない感があると判断した司会者が、機転を利かせて、何人かの修了生と先生方にスピーチを依頼して、パーティーを盛り上げてくれました。幸いスピーチをした皆さんは、冗長にならない程度に話をまとめてくれたため、会食への差し障りはなかったと思います。  この種のパーティーの定番は記念撮影です。当初、「サロン・アゴラ」で全員が揃って集合写真を撮るのは、スペースの関係で困難と思っていたのですが、現地視察の結果、参加者の皆さんに4列になってもらい、最後列の人たちに椅子の上に立ってもらえば、全員揃っての集合写真も撮れるのではないかと判断しました。こうして撮影されたものが下記の集合写真です。後ろの列にいくにつれて、顔が小さく写ってしまうことはご容赦いただきたいのですが、楽しい雰囲気は十分に捉えられたのではないかと思います。  この集合写真の手前真ん中に、OULSのロゴが入った「のぼり旗」があることに気づかれましたでしょうか。参加者の皆さんが、当日、ロゴの周りに思いのたけを寄せ書きしてくれたものです。寄せ書き中には法律家らしからぬ言葉?も散見されますが、ロースクールへのaffectionとrespectに満ち溢れた言葉であることに違いはありません。せっかくなので、この「のぼり旗」は、当分、研究科長室の壁に掛けて来訪者に見てもらおうと考えています。現在、きれいに見せるための工夫をしているところです。見に来ていただければ幸いです。

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2024/10/16
研究科主導の功罪について

高司創立20周年を記念した修了生交流パーティーを11月10日(日)に中之島センター9階「サロン・アゴラ」にて開催するという話は、先月のこの欄でもいたしました。本研究科が主催し、2006年3月の修了生から2024年3月の修了生まで、1400人を超える修了生に声をかけ、都合の付いた修了生に、来月の第2日曜日、大阪大学中之島センターに集結してもらおうという企画です。本研究科が1400人あまりの修了生全員と直接コンタクトをとることは困難なので、実際には各期を代表する修了生数名にお願いして、企画の周知を図ってもらっているところです。  幸い声がけをお願いした修了生の皆さんは、企画の趣旨に賛同してくれ、二つ返事で声がけの仕事を引き受けてくれました。二ヶ月あまりの周知期間しかとれなかったため、開催の情報が修了生全員のもとに届くのか、この期間内に参加に向けての都合を付けてもらえるのか、いろいろと危惧される点がなかったわけではないものの、声がけを引き受けてくれた修了生の皆さんは、みな積極的に情報拡散に努めてくれましたし、何より修了生同士の人的ネットワークは、私たちが想像する以上に緊密であると思わざるを得ないもので、こちらとしても大変心強く感じました。  ただ、修了生は(想像通りだとはいえ)大変お忙しいこともあり、明らかに参加の意思を有していると思われる人でも、直ちに参加登録をしようとまでは思わないのか、そのことがちょっとしたマイナス効果を生んでいます。会場の規模との関係で、こちらは全体として150名程度の来場者を想定しているのですが、高司創立10周年記念のパーティー時に60名程度の参加があったことから、20周年だと120名程度を見込んでみたものの、それよりも多いかもしれないし(修了生の1割だとして140人)、逆に少ないかもしれない(100人くらいかもしれない)と思って、修了生の正式登録数をある程度確定させてから、残った人数枠を在学生や教員に割り振って埋めようとしたところ、肝心の修了生が正式登録を「控えている」ため、人数枠がどのくらい残るのか計算できなくなっているのです。  社会で活躍している人であればあるほど、当然時間に余裕はないでしょうから、不測の事態に備えて、ギリギリまで正式登録は控えようと思う気持ちは理解できないわけではありません。場合によれば、行けたら行こう(行けそうになかったら諦める)と考えて、意図的に(そして悪意なく)正式登録を控えていらっしゃるのかもしれません。しかし、あえてこちらの事情をお話しさせていただくと、正式登録数がそれなりに決まらない限り、在学生や教員に配分すべき人数枠を決めることができず、結果、在学生や教員に対して参加の声がけをすることに支障が生じるということになるのです。  今回の修了生交流パーティーは研究科主導の企画です。本研究科は、在学生に対してのみならず、修了生に対しても利益になるような行事を開催するべく、あれこれ試みてきました。だから研究科開催に伴うリスクも、ある程度は覚悟して引き受けています。ただ、研究科が出しゃばりすぎて、修了生の主体性を損なうような振る舞いになってしまうと、長い目で見た場合、やる気のある修了生をスポイルしてしまい、そのポテンシャルを消し去る結果になるのではないかという気もしています。  他大学の中には、修了生の同窓会が中心となり、研究科を巻き込んで主体的に企画を立ち上げているところもあると聞きます。本研究科では、こちらが修了生を招いて企画を遂行しているのですが、上記他大学では、修了生が研究科の教員を招いて企画を実行しているのです。どちらが主導するとしても、結果的に修了生も在学生も教員もみんなハッピーになるのなら、それでよいと考えることもできるかもしれませんが、これからさらに数が増えていく修了生のポテンシャルをもっと活かすことのできるような方法を考える方が、今後の発展可能性と持続可能性の両方に優れたやり方が見つけ出せるような気がしてなりません。

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2024/09/18
高司創立20周年記念のこと

2004年に法科大学院が創設されて20年が経過しました。本研究科も法科大学院元年に立ち上げられました。つまり、今年は本研究科創立20周年に当たります。創立20周年を記念して何かできないか、という声は昨年末あたりから出ていました。組織の創設を記念して行われる周年事業にはいくつかの類型があって、シンポジウムや講演会を開催する等、様々なアイディアがありました。しかし、あれこれあって、結果的に修了生交流パーティーを開催しようということでまとまりました。パーティーの詳細はこのURLをご覧下さい。   10年前の研究科創立10周年のときは、記念シンポジウムの開催という形で行事が組まれました。そのときは大阪大学法学部の創立60周年記念事業と連携し、フォーマルな式典も加えた比較的規模の大きい行事に発展させたと記憶しています。もちろん、修了生たちが集うパーティーもありました。しかし、法学部創立60周年記念事業と連携した結果、そちらの行事の中に埋没した感も拭えませんでした。今年、法学部創立70周年記念事業の方は、法学部同窓会(青雲会)が中心となった、2つの主要教室に録画配信システムを設置するという企画が進行中です。本研究科もまたこの事業に全面協力していますし、70周年と20周年の事業を連携させること自体は有意義であると思っています。   ただ、これとは別に、本研究科の修了生が一堂に会する機会の提供があってもよいのではないかと考えていました。実際、他大学の法科大学院でも、創立20周年を記念して修了生が集合する行事が企画されているようです。その開催主体は様々であって、同窓会が主体の開催もあれば、同窓会と研究科の共催もあるようですが、研究科主体の開催はどちらかというと少数かもしれません。それでよいのか、という疑問もないわけではないものの、20周年という節目はやはり得がたい機会であると思われますし、そういう口実がなければ、全国各地に散らばった修了生同士が互いの存在を確認し合う機会も見出しがたいのではないかと思って、汗をかくことにしました。  本研究科の修了生は共に実務法曹を目指して切磋琢磨した経験を共有しているでしょう。とはいえ、最も昔の修了生でも、修了後まだ20年しか経っていませんから、追憶にふけるほどの年月を共有しているとはいえません。本研究科の修了生に認められる共通性があるとすれば、それは研究科で培った法的素養を糧に、社会において重要な役割を果たしているという点でしょう。そこに、修了生同士が集まって意見交換し、連携可能性を模索してみる意義があると考えました。研究科が架け橋となることで、修了生(さらには修了生と在学生)間の絆を再確認する機会が提供できるのなら、研究科としても、本望であると思うのです。   修了生交流パーティーへの参加をきっかけとして、本研究科修了後、全国各地に巣立っていった修了生の皆さんが再びここに戻り、過去と現在と未来を語り合ってくれたら、きっと昨日までとは違う景色が見えてくるのではないかと想像しています。今回は本研究科がその場を提供するので、この機会を存分に利用していただき、次回以降は、修了生の皆さんのイニシアチブで新しい可能性を追求して欲しいと切に願っています。本研究科も奮闘する皆さんを一生懸命応援いたします。

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2024/08/16
大阪弁護士会の先生方との交流

危険な暑さという言葉がすっかり耳に馴染んでしまった8月7日、本研究科の執行部(運営委員会)の有志教員の発案で、大阪弁護士会所属の先生方との間で交流の場を持ちました。この日も最高気温37度を記録する殺人的高温下の一日でしたが、上記交流会は、少しは日も傾いているだろうと思われた18時開始とし、大阪の弁護士事務所から来るのであれば、それほどは遠くないだろうと思われた大阪大学中之島センター内の会場で、弁護士の先生方からすれば、若干早めと思われる時間に仕事を切り上げていただき、お集まりいただいたものです。  この交流会は「福田健次先生を囲む慰労の会」と名づけられました。開催に至った経緯は次のようなものです。大阪弁護士会所属の福田先生は、大阪大学青雲会の会長であると同時に、大阪大学法曹会の事務局長であり、大阪大学法務室の連携弁護士でもある等、大阪大学及び本研究科にとって大恩ある先生です。福田先生は、ごく自然に多くの人々を惹きつけ、いつもサークルの中心にいらっしゃることから、2年前、大阪弁護士会の会長に就任され、名実ともに大阪弁護士会の中心的人物になられました。  たまたま当時の大阪弁護士会執行部の筆頭副会長が、大学時代のゼミの同期だったため、昨年、福田先生が大阪弁護士会会長を退任されたとき、退任の慰労を一つのきっかけにして、本研究科の執行部との間で交流の場を持つことができないかともちかけたところ、ご本人はもちろん、同じく福田執行部で副会長を務めた他の先生方からも参加の意思表明をいただくことができました。そこで本研究科の学務担当副科長と相談し、「福田健次先生を囲む慰労の会」なる交流会プロジェクト?を立ち上げることにしました。  ここから先は副科長が献身されました。本研究科執行部の有志教員だけでは人数面でバランスが保てないので、大阪弁護士会側の参加者を10名程度にとどめていただくとともに、本研究科側にも理事や元科長に加わっていただくなどして、陣容を整えてくれました。その結果、20名あまりの小規模とはいえ、質・量の両面において相互に実質的な意見交換ができる環境を築くことができました。実際、当日は大変和やかな雰囲気の中で、大阪弁護士会側の先生方と本研究科側の教員が、会話をすることになりました。中心はいうまでもなく福田先生であり、出席者からの温かくもスパイスの効いたスピーチに対して、的確に突っ込みを入れるといった、福田先生の大阪人らしい?リアクション満載の対応に、会場は終始笑いが絶えませんでした。  ここまでの書きぶりからすると、まるで大阪弁護士会と本研究科が組織的な交流を行っているかのように受け取られたかもしれませんが、もちろんそうではなく、あくまでも個人ベースの付き合いに過ぎません。しかし、人と人の絆とは、結局のところ、個人のコミットメントの集積の上に成り立つものだと思います。今回は福田先生のお人柄に惹きつけられたメンバー間で交流を持っただけのことですが、これが結果的に、本研究科にかかわる多くの人を結びつけ、互いにとって有意義な機会を見出すきっかけになるのなら、今回のような試みにも一過性の会合を超えた価値があるのではないかと想像しています。  そのような大仰な効果まで期待しなくても、単なる交流会で構わないと割り切ることもできますし、今回の参加者の多くも、福田先生と懇親の場を持てたことで十分に満足されているだろうと思うのですが、私個人は、人間同士の対面での交流が生み出す力に大きな価値を認めることから、これが何かのきっかけになればよいと思っています。料亭政治のようなものを礼賛しているわけではないので、その点は誤解されませんよう。

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2024/07/29
試験の季節

7月は試験月間になりました。試験とは主としてペーパーテストを意味します。法科大学院において試験といえば、真っ先に司法試験のことが思い浮かぶものですが、夏と冬に行われる定期試験のことも忘れるわけにはいきません。もちろん、法科大学院に入るためには、秋に行われる入学試験にも合格しなければならないので、これもまた大事ですが、在学生の皆さんにとって入試は過去の出来事ですから、現時点で念頭におくべきは、司法試験と定期試験ということになるでしょう。7月はその両方と直面しなければならない月間に当たっています。  2年前まで司法試験は5月に行われていました。受験生は3月に法科大学院を修了して、その1ヶ月半ほど後に受験するというのが、オーソドックスなパターンでした。ところが、在学中受験の制度が導入され、受験日が10ヶ月程前倒しになったことによって、修了前の3年次生が7月に受験することが普通になろうとしています。法科大学院の課程を修了したわけではない在学生が司法試験を受けることには、当の受験生だけでなく、法科大学院関係者の間にも、一定の危惧がありました。しかし、先に進む機会があるのならそれを逃すべきではないという意識が通念化するのに時間はかかりませんでした。今や主流は在学中受験です。  今年度の司法試験は7月10日から14日までの間に実施されました。本研究科の3年次在学生もその多くが受験したものと思われます。3年次生に対し本研究科は、学期を春学期と夏学期に分け、受験生が夏学期に授業を受けず、受験に専念できるようなカリキュラムを設けました。3年次生の大半が在学中受験を目指す以上、そのことに配慮した仕組みにすること自体は自然な対応でした。ただ、入学して1年3ヶ月しか在籍していない既修者学生に司法試験の本番受験を勧めることには、今もって複雑な気持ちを拭えません。受験を済ませた在学生には、次の段階に向けて気持ちの切り替えを願いたいところです。  さて、7月下旬に入ると、今度は春夏学期(あるいは夏学期)の定期試験が始まります。この定期試験は、特に1年次生と2年次生の学期中の成果を計るとともに、今後の展望を見定めるための重要な指標を得る極めて大事な試験です。未修者の2年次生を除き、ほとんどの1・2年次生にとって、今月から来月にかけて実施される定期試験が、初めて経験する法科大学院での定期試験でしょう。既に耳にしたかもしれませんが、定期試験の成績と司法試験の結果の間には、強い相関関係があることが統計的に明らかになっています。1年後(または2年後)に在学中受験に挑戦する意欲のある人は、このことも自覚して備えて欲しいと思います。  本研究科には以前から、上級生による定期試験対策「講座」があると聞いています。個人的な感想としては、上級生による下級生へのアドバイスの表れという点で、麗しい慣習です。法科大学院で学ぶということの中には、教師から学ぶということと、自分一人で学ぶということのほかに、同級生同士で学ぶということと、上級生(あるいは下級生)から学ぶということが含まれていると思うからです。人の言うことを鵜呑みにしたり、人に流されたりすることさえなければ、他者と切磋琢磨しながら学ぶことこそが、法科大学院で学ぶ醍醐味であるといってよいでしょう。  7月は本研究科の教師にとっても当然に試験月間になります。こちらは作問と採点というかなり大変で憂鬱な作業を強いられる期間という意味です。受験生の皆さんは関知していないでしょうが、教師にとって、作問は本当に大変だし、採点は本当に憂鬱なのです。良問はそう簡単に得られるものではないため、毎回、あれこれ思案しながら呻吟して作問します。また採点も、ミスがないように気を張り詰めて、ことに当たっています。いずれも作業が終わった直後は心から安堵します。私はいつも「そうはいっても受験生よりはマシ」と自分に言い聞かせながら、この難行?に従事しています。

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2024/06/28
法の精神

「法の精神」と聞いてすぐに思い浮かぶのは、法学徒なら通常、モンテスキューでしょう。そしてモンテスキューと聞けば、反射的に三権分立という言葉が思い浮かぶのではないでしょうか。ほとんどの人が三権分立はモンテスキューが「法の精神」の中で提唱したと覚えているはずです。確かに『法の精神』第11編第6章「イギリスの国制について」の箇所でモンテスキューは、立法権・執行権・裁判権の三種の権力に言及しています。しかしそれは1200頁を超える岩波文庫『法の精神(上・中・下)』の中の20頁足らずの記述にすぎません。どうやらこの書は三権分立の研究書ではないと思われます。  ここで浩瀚な『法の精神』を詳らかにすることは断念せざるを得ませんが、その第1部が200頁ほど費やし、三政体について語っていることは指摘しておいてもよいでしょう。三政体とは、アリストテレス『政治学』に代表される国家体制の三分類で、単独支配の君主政、少数支配の貴族政、多数支配の民主政を指します。ホッブズ『市民論』やスピノザ『国家論』でも取り上げられたオーソドックスな分類です。モンテスキューはこのオーソドキシーを少しずらして、三政体を共和政、君主政、専制政の三種に分類し直します。その上で共和政を人民が権力主体の政体であるとし、君主政を貴族に支えられた君主の政体、専制政を貴族抜きの専制君主の政体と位置づけます。  モンテスキューの関心は三政体の原理にあります。この原理こそが「法の精神」です。彼のいう原理は無機質な理論の所産ではなくて、人間の感情の産物である情念を意味します。三政体のいずれもが人間の情念によって動かされているというのであり、情念の駆動力がなければ、いずれの政体も機能しないというのです。ただし、三政体の原理は異なります。共和政の原理は「徳」、君主政の原理は「名誉」、専制政の原理は「恐怖」だといいます。各々の情念に突き動かされて、人は各自が属する政体に奉仕し、それを機能させます。  人民が権力主体とされる共和政(とりわけ民主政)の場合、各人が平等な幸福を享受できるように統治されることが理想とされます。しかし制度が整っているだけでは不十分です。各人が「徳」の原理を身につけていることが必要条件です。共和政は有徳の人民から構成されないと、うまく機能しない仕組みだからです。人民がみな平等であろうとすれば、平等であることの意味=精神を理解し、そのことを「徳」として内面化していなければなりません。だから共和政においては、教育も「徳」の涵養を目的としなければならないとされます。  これに対して君主政は「名誉」を原理とします。この政体は、名誉心をもった君主及び君主を支える貴族によって統治されるとき、うまく機能するといいます。「名誉」は統治者を特権的地位に格上げしますが、同時に他者には課せられない特別の義務を果たすべきことを統治者に自覚させます。君主政は統治者が「名誉」を矜恃とする限りにおいて成り立つのであり、統治者が名誉心を失い、特別の義務を果たさなくなれば、専制君主化せざるを得なくなり、人民に「恐怖」を植え付けて統治せざるを得なくなると考えるのです。  「徳」「名誉」「恐怖」という原理の内容は異なるものの、三政体のすべてが、それを動かす人間の情念を必要とします。各々の政体に見合った情念が駆動しなければ、政体は機能しないと『法の精神』は説きます。「仏作って魂入れず」ということわざがありますが、国家体制にも魂となるものが必要なのでしょう。平等な人から成る社会をうまく機能させたいのであれば、各人が「徳」を備えるべく努力し、特権的地位にある人が社会を治めたいのなら、その人が「名誉」を矜恃としなければならない、ということかもしれません。法学徒も弁えておくべきことと思われます。  ところで、なぜ「法の精神」が三権分立論になってしまったのでしょうか。その謎は上村剛『権力分立論の誕生』が解き明かしてくれます。モンテスキューの『法の精神』が、フランスから発信され、ブリテン帝国を経由して、アメリカ合衆国に到達し、その過程で様々な変容を経て、現在の通説が形成されていく様子が描かれています。ご参考まで。

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2024/05/17
授業との向き合い方

春夏学期が始まって1ヶ月あまり経過しました。4月に入学した皆さんも授業に慣れてきた頃かと思います。もし授業に付いていくことができなくて、焦りを感じたり、息切れしてきたりしている人がいるのなら、自分のコンタクト・ティーチャーに相談してみましょう。コンタクト・ティーチャーは定期面談のときでなくても相談に乗ってくれます。もちろん、自分の都合だけで何でもいうことを聞いてもらえるわけではないものの、真摯に話を受け止めて適切なアドバイスをしてもらうことができます。  新入生ももはや新入生ではないといわなければなりません。春夏学期も既に3分の1を過ぎています。在校生の多くの皆さんにとって、ロースクール生活も今や通常モードに入っているでしょう。通常モードということは、生活スタイルが一応確立していて、いつどこでどのように振る舞うかについて、だいたい決まったとおりに生活している、ということです。生活の規則正しさについては人それぞれでしょうが、生活リズムはだいたい一定してきているのではないかと推測しています。  授業への参加についてもだいたいペースを掴んでいると思いますが、正しいスタイルになっているかどうかについては、今一度確認して、場合によれば、修正を加えた方がよいでしょう。ロースクール生活は基本的に授業中心の生活になっているはずです。1年生はもちろん、2年生も必修科目の授業がたくさんあるので、必然的に授業中心の生活にならざるを得ないからです。そのため、授業への取り組み方を誤ってしまうと、ロースクール生活そのものに支障を生じさせてしまいます。ここで躓かないためにも、今は授業との向き合い方を反省してみるちょうどよい頃合いなのです。  在学生であれば既にお分かりのように、授業に臨むに当たっては、授業範囲について必ず予習をして備えておかなければなりません。何をどの程度予習すればよいのかについては、シラバスをはじめとして、事前に何らかの指示がなされていますから、テキストの該当箇所、事前配付資料、検討対象としての判例などに事前に目を通し、自分なりに理解の確認をしておく必要があります。もちろん、予習段階で全てを完全に理解することまでは期待されていません。完全な理解への到達は、復習段階まで先延ばしにしても構わないのです。しかし、調べればすぐに分かることなら、予習段階で調べて分かっておいて欲しいところです。  私自身も必修科目の授業を受け持っていますが、授業時に学生の予習不足を感じることがしばしばあります。私の授業の場合、事前に質問事項を提示していることから、少なくともその質問事項については、授業中に質問されることが予測されるにもかかわらず、そのような問題があることを初めて知りました、といわんばかりの反応に出会います。そのような反応を見るにつけ、自分のやってきたことが報われない徒労感にさいなまれます。私の徒労感はともかく、予習段階での理解が不十分だと、授業段階でそれを補わざるを得なくなり、授業段階でクリアできていたはずのことが復習段階に先送りせざるを得なくなって、どんどん後回しになります。学修過程を全体として見ると、とても非効率です。  ロースクールの創立時は、とにかく莫大な予習用資料が学生に手渡されていました。それを読むだけでも(その前にそれをコピーするだけでも)かなりの時間を費やさなければならなかったものですが、今は情報が必要最小限に選別されていますし、電子データで配信されるので、端末で簡単に処理もできます。その意味で効率化はかなり進展したといってよいのですが、その情報を実際に使える知識として定着させていくためには、少しの工夫と多大な努力が必要です。いくらデジタル技術が進展してきたといっても、それだけで知識が身に付くわけではありません。陳腐な結論になりますが、知識を血肉化するには、結局、自分の頭と肉体をフル活用して一生懸命勉強するほかないのです。

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2024/04/08
新学期開始に際してのご挨拶

4月になり、新学期の初日が来て、同時に新入生を迎え入れる日もやってきました。今年は桜の開花こそ昨年と比較すれば随分と遅かったものの、まるで入学式を待っていたかのように、一斉に開花して、一気に春を感じさせてくれました。豊中キャンパス内の桜の花の見頃は、入学式よりも少し先になりそうですが、授業開始時には満開を迎える見込みです。満開の桜に彩られたキャンパスの中で新学期を迎える喜びを噛みしめながら、新年度の挨拶を意識しつつ、以下では特に新入生に向けたメッセージを送ります。  新入生の皆さんにお伝えしたいのは、まず、本研究科の年間スケジュールを眺めて、一年の経過をイメージし、計画的な学修に努めて欲しいということです。法科大学院というところは、かつては勉強漬けの場であるという認識を誰もが持っていた(のではないか)と思うのですが、昨今は少しのんびりした雰囲気になっているように感じます。にもかかわらず、司法試験に向けた意識は強くなってきているようです。受験の時は確かにあっという間にやってくるので、それに備えることは不可欠ですが、だからといって司法試験といえば何でも許されるというわけではありません。そのあたりのバランス感覚が必要です。   それから、法科大学院では対面の人間関係を大切にして欲しいと思っています。もちろん、今後もオンラインでのコミュニケーションが益々拡充していくであろうと推測される以上、その可能性を様々な形で追求していくことが必要であるのは言うまでもありません。しかし、オンライン・ツールが人間同士の直接の会話や交流がもたらすすべてを運んできてくれるわけでないのも事実です。人間関係は確かにストレスの種ですが、逆に安らぎを与えてくれるのも、最後に頼りになるのも、結局のところは人間同士の絆ですし、その絆で結び付いた人間関係しかないと思うのです。   だからこそ本研究科で学ぶにあたっても、人間同士の絆、とりわけ友人関係を大切にして欲しいと思います。友人同士で議論をし、意見交換・情報交換をして、互いに助け合うことができれば、自分の力を倍増させることすらできるかもしれません。学校という場は人間関係を通じて知識と活力を生産する場になり得ます。ここをネットワークの単なる結節点としか考えないとすれば、これほどもったいないことはありません。本研究科で出会った友人たちのヨコのつながりを大切にし、一人だけではできないことを友人の手も借りて成し遂げて欲しいと願っています。  人間同士の絆という意味においては、ヨコの絆だけでなく、タテの絆のことも忘れてはなりません。皆さんよりも先に本研究科に入学し、ここで学んだ人たちがいるということに留意して欲しいということです。本研究科を修了し、大阪を中心に全国で活躍している修了生たちがたくさんいる、ということに気づいて欲しいのです。修了生の多くは法曹として活躍していることから、彼らは皆さんのロールモデルになるというだけでなく、今後の皆さんの人生にとっても得がたい人間関係の宝庫なのです。   今年、本研究科は創立20周年を迎えます。本研究科には20年の人間の歴史が蓄積しています。たかが20年ですが、されど20年です。そこには20年に渡って紡がれてきた人と人の絆があります。私はときどき、この20年間に本研究科を修了して社会に巣立っていった修了生の顔を思い浮かべます。なかなか面白い顔ぶれです。こうした人たちが一堂に会する機会があれば、きっと皆さんにとっても、そしておそらくはお互いにとって、有益な時間が持てるのではないかと想像しています。そういう次第なので、今年は創立20周年記念集会を開催するつもりでいます。

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2024/03/21
令和5年度修了式を終えて

令和6年3月18日月曜日、令和5年度高等司法研究科修了式が開催されました。昨年度の修了式はコロナ5類移行前の開催だったということもあって、会場には警戒的な雰囲気が色濃く残っていましたが、今年度はコロナ5類移行が宣言された昨年5月上旬から既に10ヶ月以上経過した後の開催だったせいか、昨年度と比較すると、明らかに会場の快活度が違いました。会場の雰囲気がとても和やかだったのです。感染症に対する警戒心は引き続き保持しなければならないものの、修了生の門出を祝う式典の雰囲気がよいということは、研究科にとっても大事なことでした。  今年度の修了式が昨年度のそれと異なるのは雰囲気だけではありません。実はこれまで修了式は全学の学位授与式と同日に開催されていました。例年、大阪城ホールで開催される総長主宰の学位授与式(いわゆる卒業式)が午前中にあって、それが終わった後、修了生が豊中キャンパスに戻り、研究科長から学位記を授与されるという流れがありました。本研究科を除く他のすべての部局にとっては今もそのような行程です。しかし、本研究科に限り、今年度から修了式と学位授与式は別日になりました。その理由は司法試験の在学中受験にあります。  今年度から始まった在学中受験で司法試験に合格し、かつ、法科大学院の課程を修了した者は、令和6年3月21日から司法修習を受けることになっています。そのため法科大学院の課程修了日は21日よりも前に設定せざるを得なくなりました。本研究科が定めた修了日は18日です。しかし、これは法科大学院に限った話であり、他の研究科・学部には関係なかったため、全学の学位授与式は、例年通りの日程(今年度は3月25日)となっています。本研究科の修了生も全学の学位授与式に出席する権利を保有しており、3月25日に大阪城ホールに集うことは可能です。しかし既に和光の司法研修所に行ってしまった者が、その日だけ戻ってくると期待するのは望み薄であると思われました。  在学中受験の合格者は修了生全体の3分の1であり、残り3分の2の修了生にとっては例年通りの対応(3月25日の午前中に学位授与式、午後に修了式)でも構わなかったのでしょうが、せめて修了式は修了生全員が集まることのできる日に設定した方が望ましいと考えました。そこで修了式は課程修了日である18日に開催することにしたという次第です。かくして修了式と学位授与式は分離されました。本研究科の修了生で学位授与式に出席する者は元々ごく少数だったことから、修了式を前倒ししたことによる学位授与式への出席者数に影響が出ることはほとんどないだろうと思われたことも、分離を決断した理由です。ちなみに25日の学位授与式には修了生2名が総代として出席する予定です。  壮大で厳かな学位授与式と異なり、研究科の修了式はこぢんまりとした簡素な式典です。しかし、修了式の身内感に溢れたアットホームな雰囲気は、研究科の最後の行事に参加した修了生にとって、よい思い出になったに違いありません。ただ残念ながらコロナ期間中、元々簡素だった修了式がさらに簡素化されたことも手伝って、今年度も何となくあっけない感じになったことは否定できません。せめて出席者全員で集合写真を撮るなどして、連帯感を高める工夫をすべきだったと反省しました。他方、教務主任の機転で急遽用意していただいた式典花が、会場を華やかに彩り、文字通り、花を添えてくれたことは印象的でした。  研究科としての今年度の行事は、修了式をもって終了です。2週間後には来年度の行事が始まるため、息をつく暇はあまりありませんし、個人的なことを言わせてもらえば、研究科長としての今年度の仕事もまだ終わっていません。が、それも月末には終わります。そして月が替われば研究科長職の2期目が始まります。1期目の反省を踏まえて2期目に臨みたいと思っています。

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2024/02/13
結婚披露宴に出席して

先日、本研究科の修了生同士で結婚した夫婦の結婚披露宴に招かれて出席してきました。修了生同士の結婚披露宴ということもあり、新郎新婦の友人たちの多くが、やはり本研究科の修了生でした。私のテーブルにも何人かの修了生が着いてくれたおかげで、彼らと旧交を温めることができました。本研究科の修了生の多くが弁護士になっていますが、この度の式で出会った修了生もほとんどが弁護士でしたし、そもそも新郎新婦が弁護士夫婦でした。披露宴が弁護士色に彩られていたわけでないことは言うまでもありません。  法科大学院というところは、厳しい法曹養成の場ですし、目標達成のため、ストイックに生きる挑戦者たちの鍛錬の場なので、一般には、色恋沙汰とは無縁のところと思われているかもしれません。しかし、ともに切磋琢磨する仲間たちの中に、友情から愛情へと変化する「化学反応」が生まれることも少なくないようです。法科大学院も、その意味では他の人間社会と変わりませんし、他と同様、愛情を育む場としても機能しているように(私の目からは)見えています。  在学生同士のカップルが、現在、どのくらい成立しているのかについては、当然ながら、研究科として調査したことがないので、よく分かりません。本研究科は風通しがよいせいか、以前なら、尋ねなくても自然と情報が伝わってきたのですが、コロナ禍以降は三密回避の傾向と相まって?情報伝達の流れも変化したのか、在学生の私生活情報もあまり伝わってこなくなったような気がします。しかし、多い少ないはありますが、在学生同士のカップルが成立していることは間違いありません。本研究科には恋愛禁止ルールなどありませんし、研究科として、恋愛を推奨しているわけでは決してないものの、特に問題視しているわけでもないからです。  過去の事例では、法曹になるという夢を叶えるため、在学中は一切の物欲・色欲を断ち、修行僧のように精進する在学生もおりました。もちろん、それはそれで立派な心持ちと言えます。実際、その在学生は修了後直ちに司法試験に合格し、現在は弁護士として社会で活躍してくれています。他方で、入学後間もない時期から付き合い始め、在学中、お互いを励まし合いながら勉学に打ち込む在学生カップルもおりました。他の人間社会の場合と同じく、カップルの行く末は必ずしもハッピーエンドとは限らないのですが、泥沼の破局劇?になるのはほんの少し(のはず)であると認識しています。  そうした中で、研究科修了後、修了生になってからも付き合いを継続し(途中で途切れ、再び復活した場合を含む)、結婚にまで至るカップルも珍しくありません。私も幾度となく、そのようなカップルたちから、自らの結婚披露宴に出席して欲しいとの要請を受けました。先に述べたように、修了生同士の結婚披露宴においては、出席した友人代表の多くも本研究科の修了生ということになるので、会場の一角が同窓会のような雰囲気になることもしばしばです。今回もそうした雰囲気を存分に味わうことができる披露宴でした。  結婚は人生のほんの一部でしかありませんし、今や人生に不可欠の要素ですらないかもしれません。さらに、結婚(あるいは交際)は破局や紛争のリスクを抱え込む所業であって、生き方として重苦しいとする考え方にも一定の支持があります。いずれにせよ、結婚にまで至ったカップルを人生の勝者のようにみなすことはできません。しかしたとえそうだとしても、本研究科を経て夫婦になった修了生同士のカップルには、幸せな家庭を築いて欲しいと願わずにはいられません。本研究科のウェブサイト「OULS修了生が語る ただいま法曹中!」の「弁護士夫婦」をご覧いただければ、きっとそのような願いにも十分な見込みがあるということが分かってもらえるでしょう。

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2024/01/15
1年の計

またしても業務に追われているうちに年が明けてしまいました。年末年始も例によって休暇を満喫する雰囲気などなく、積み残しの仕事と向き合う日々でした。しかも、元旦早々、能登で大地震があり、一瞬で正月気分は吹っ飛んでしまいました。1月の大地震という点で共通する29年前の阪神淡路大震災のことを思い出しました。当時、阪大も被災したのですが、多くの方々のご尽力により復旧しました。私たちはみんな助け合って生きているのだということを実感しました。現在、能登で被災している方々にも思いをはせ、連帯する必要があると思わされました。  年明けは今年1年を展望し、その間に遂行すべき事柄をあれこれと構想するきっかけを与えてくれます。本研究科にも、今年、取り組まなければならない多くの課題があります。この機会にそのいくつかを列挙して、研究科としての意気込みを表明したいと思います。  まず、今年3月には修了式があります。順調にいけば、修了生は1,400名を超えることになります。今年修了する人の中には、在学中受験で司法試験に合格し、修了後直ちに司法修習所に進む人もいれば、今年7月の司法試験に挑むため、聴講生等の身分を得て、引き続き研究科に残る人もいます。目指す方向は同じでも、これまでとは異なる立場で修了するという状況が生まれます。本研究科は、在学中受験がもたらす様々な問題と直面していますが、今後、この受験形式が標準化するのであれば、現在は過渡期への対応時期に当たると理解できます。昨年からの教訓を活かしつつ、今年もこの課題と取り組むことになります。  在学中受験は法学部の法曹コースの仕組みとワンセットで構想されています。元々3年の学修期間を標準とし、例外的に2年の既修者コースを認める法科大学院制度が、いつの頃からか、既修者コースの方を標準とする仕組みに変わってしまいました。ここで在学中受験が認められると、既修者として入学した1年3ヶ月後にはもう受験に臨む者が現れます。わずか1年3ヶ月後に受験できる水準にまで達するには、法科大学院入学前に法曹教育を受け、一定の法的素養を身につけている必要があります。そのための仕組みが法学部の法曹コースです。これまでも法科大学院と法学部法曹コースは連携してきましたが、今後はさらなる連携の強化が必要になると思われます。  4月になれば新学期が始まり、新しい学生が入学してきます。それは例年と変わりません。しかし、本当に新しく始まるものもあります。その1つが「法科大学院公的支援見直し強化・加算プログラム」(通称、加算プログラム)です。加算プログラム自体は今もあるのですが、現行加算プログラムはこの3月で終了し(ただし、その検証は今年行われます)、4月からは装いを変えて新たにスタートすることが決まっています。しかも、単に装いを変えるのではなく、中身自体が変わります。そこでは先に挙げた法学部法曹コースとの連携の件も修了生支援の件も視野に入っています。「入学前-在学中-修了後」の全体を見据えた取組みが構想されています。  本研究科の在学生と修了生の双方に係わる今年の行事として挙げておきたいのは、高等司法研究科創立20周年事業です。2004年設立の本研究科は、今年二十歳になります。人間であれば成人式の年です。もちろん成人式は行いませんが、この20年で培われた人間同士の絆を再確認できるような行事ができればよいと思っています。そのためには研究科の人間だけでなく、修了生を中心に、本研究科と係わりを持つすべての人が集うことのできる場が必要でしょう。そのような場の構築のため、各方面に対して声がけを始めています。声がかかったらぜひご協力下さい。では、本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

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2023/12/11
「合格者と語る会」と合格者祝賀会

先月8日の司法試験合格者発表以降、発表に伴う様々な動きがありました。まず、合格者の喜びの声が研究科に寄せられました。私のところにも数人の合格者の方から報告がありました。本当に嬉しい知らせです。例年、多くの合格者からメール等で一報があるのですが、コロナ以降、合格してもなしのつぶての人が増えてきたようで、先生方からは寂しいなぁと嘆く、ため息のような声が漏れていました。恩師?と合格の喜びを共有するという発想は、古びた前時代的発想なのかと少し複雑な気持ちになりました。  それから今月1日に、本研究科の2年生と1年生を中心に構成された学生委員会の主催による「合格者と語る会」が開かれました。この会は、来年以降に司法試験を受ける下級生たちが、先輩である修了生合格者や在学中受験での合格者を招き、その合格をお祝いするとともに、先輩たちから合格体験談を聞いて、来年以降の自分たちの糧にすべく企画されたものです。主催した学生委員会のメンバーに聞くと、当日は大変盛り上がったとのことでしたが、参加した合格者は全体の半分程度だったそうです。せっかく後輩たちが企画してくれたのだから、自分の経験を後輩たちに役立ててもらうために、もっと主体的に参加して欲しいところでした。  今月7日には、例年と同様、大阪弁護士会館において阪大法曹会主催の合格者祝賀会が開かれました。こちらは既に法曹となった本学出身の先輩方が、合格者である後輩たちのために、合格のお祝いと今後に有益な情報の提供を意図して開いてくれた会でした。当日は主催者が想像した以上に多くの合格者が集まりました。先輩方には嬉しい誤算だったようです。昨年は主催者が期待したほどの集まりがなく、申し訳なく思うところもあったのですが、今年は大阪弁護士会館の広いホールが一杯になって、祝う側と祝われる側が交歓する盛大な祝賀会になりました。後輩たちのために尽力いただいた先輩方には感謝あるのみです。  今年合格した皆さんは、これで司法試験の束縛からは解放されました。だから今後は少し広い視野で世の中を見て欲しいと思っています。もちろん、将来のことも含めて、自分自身のことをじっくりと考えてもらったらよいのですが、それだけで終わるのではなく、自分の後輩たちに何ができるのか、自分の先輩たちから何をしていただいたのか、自分は社会に対してどのような貢献ができるのか、といったことにも思考をめぐらせて欲しいのです。法曹になるということは、そのような思考ができる人になるということだと思います。  残念ながら今年も、合格した人よりも合格できなかった人の方が数で上回りました。一生懸命やったけれども結果が出なかった人がいるということです。その中には期待に応えられなかったことを謝ってくる人もいます。申し訳なく思う必要など微塵もないことはいうまでもありませんが、周囲に気遣いを示す態度は立派ですし、辛い結果なのにあえて報告してくれようとした勇気は尊いとすら思います。そういう姿勢は周りにも伝わるので、何とか支えてあげたいという気持ちを呼び起こします。実際、先輩方の中に支える側に回ってくれる人も出てきています。  合格した人も合格できなかった人も、次に何をやるべきかについては熟慮しているはずです。できればその際、心の片隅にでも、自分のことを盛り立てるため、尽力してくれる人がいるのだということを留めておいて欲しいと思います。法科大学院というところは、そういう人と人のつながりを育むところでもあって、そこにまた重要な価値があるといえるでしょう。最後に、「合格者と語る会」を企画運営してくれた学生委員会の皆さんと、合格者祝賀会を開催していただいた阪大法曹会の関係者の皆さまに対し、研究科を代表して、心からお礼申し上げます。

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2023/11/13
2023年の司法試験結果を考える

これまで5月に実施されていた司法試験が、今年から7月に行われるようになったということは、既にお話ししました。それに伴い、合格発表の方も2ヶ月先送りされています。これからは11月が合格発表の月になります。今年は11月8日(水)でした。例年同様、今回も法務省からのデータを受け取り、教務係において合格者名簿を作成するとともに、データに基づく結果分析を行いました。その概要は研究科ウェブサイトの別欄にアップロードされています。(令和5年の司法試験の結果について)ここでは研究科としての結果分析を超えて、研究科長としての幾分個人的な思いも盛り込んだ見解を提示いたします。  その前提として、まず、本研究科の今年の司法試験結果を示しておきます。今回の受験者は182人(昨年111人)で、合格率は42.86%(昨年45.95%)でした。本研究科の当面の目標は合格率50%以上でしたが、そこには到達しませんでした。むしろ3%ほど合格率が下がってしまいました。昨年の合格率を上回ることができれば、上記目標を達成できるのではないかと推測していたのですが、合格率が上昇した年の翌年は下がるという、いわゆる隔年現象のジンクスを今年も破ることができませんでした。  今年から導入された在学中受験の制度が、本研究科の司法試験の結果にどのような影響を及ぼすのかという点にも注目していました。本研究科の3年次生で、在学中受験をした人の数は53人です。これは3年次生の約3分の2に相当します。合格した人は27人で、合格率は50.94%でした。こちらの合格率は50%を少し超えました。全国的に見ると、在学中受験者は1,070人で、合格者数は637人、合格率は59.53%ですから、初回の在学中受験者の結果は、全国的に良好だったといえます。ただし、在学中受験者の合格率は法科大学院による違いが大きく、一橋大学の83.33%を筆頭に、いわゆる上位校が高い合格率を示しているのに対し、合格者をほとんど輩出していないところも少なくありません。元々、在学中受験を推奨していたところもあれば、慎重姿勢のところもあって、スタンスも様々でした。今回の結果が在学中受験を標準化させるきっかけになるかもしれません。  本研究科では以前から、修了1年目の修了生(いわゆる直近修了生)の合格率の高さが目立っていました。ここ数年、直近修了生の合格率はずっと上昇していましたが、今年3月に修了した直近修了生の合格率は60%を超えました。在学中受験の合格者は翌年受験しない(する必要がない)ので、来年以降の直近修了生の受験者数は減少すると思われるものの、直近修了生の合格率は高い水準を保ってくれるのではないかと期待されます。やはり法科大学院で相当期間学び、勢いをもったまま試験に臨むことのできる直近修了生は、受験に有利な状況下にあるのかもしれません。他方、修了2年目以降の修了生にはモチベーションの維持など、受験に向けた立て直しが求められるところです。  来年以降の直近修了生の中には、前年の在学中受験を不首尾で終えた人も加わってきます。直近修了生でありながら、2度目の受験になるという人です。現時点では在学中の3年次生でもあるので、在学生として、授業その他のカリキュラムの中で受け止められることになるでしょう。私は、受験に失敗したときの精神的ダメージのことを心配していたのですが、先日、在学中受験の結果が思わしくなかった某在学生に、大丈夫ですかと声をかけたところ、「次はギリギリでの合格を狙うのではなくて、上位の成績で合格できるように頑張る」との笑顔の回答が返ってきて、逆に勇気づけられました。こちらが思う以上に、学生の皆さんは気持ちをしっかりと持っているのだと感心しました。もちろん、色々な人がいるはずなので、研究科としても相手に応じた対応を心がけたいと思っています。

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2023/10/30
修学支援事業基金のこと

以前、この欄でお金の話をしました。今回もお金の話です。といっても、あれやこれやのお金の話を始めると収拾がつかなくなるため、一つに絞ります。今回、話題にするのは、表題にも掲げた修学支援事業基金の話です。修学支援事業基金とは、経済的理由で学費の支払いに困難を来した本研究科の学生に対し、本研究科が返還不要の給付型奨学金を支給するものです。つまり、経済的に苦しい本研究科の在学生に、返さなくてもよいお金を支給するという仕組みを意味します。  学生生活には何かとお金がかかります。学費や通学費はもちろん、書籍や学用品の購入にもお金がかかります。食費や衣料費など、必要不可欠なものだけでも結構な金額です。学生生活を送るためには、何とかしてその費用を捻出しなければなりません。現在、学生生活を送っている在学生の皆さんは、それぞれの仕方で必要な費用を賄っていることと思います。しかし、中にはギリギリのところで踏ん張っている人もいて、そのうちの何人かが、毎年、修学そのものの断念に至っています。志半ばでの無念さを思うと、残念の極みと言わざるを得ません。  そこでそうした無念さを少しでもなくすため、本研究科は、大阪大学未来基金の中に特定基金として修学支援事業基金を設けました。この基金から、毎年1名に限り、年間30万円の給付型奨学金を在学生に支給しています。年間1名という数の少なさや年間30万円という額の小ささから、この基金の非力さを感じ取られたかもしれませんが、このようなささやかな給付であっても、それを必要とする在学生が毎年一定数いて、やむにやまれない事情から応募に至っているものと思われます。応募の実情に鑑みると、本来であれば、応募者全員に奨学金を支給したいのですが、基金の側にそれだけの余裕がないのが本当のところです。  修学支援事業基金の原資は寄付金です。そのため世の中に広く訴えて寄付を募っています。しかし、実際に寄付してくれるのは本研究科に思い入れのある人に限られます。基金の立上げ時点では、阪大法学部出身のOB等が大口の寄付をしてくれました。現在でもそのときのお金が基金を支えています。しかし寄付が続かなければ、いずれ枯渇するのは目に見えています。残念ながら、その後、大口の寄付は途絶えてしまいました。毎年30万円の支給を続けるためには、少なくともそれを上回る入金が必要です。また、基金に定期的な入金がなければ、基金維持の費用の方が大きくなりかねないことから、基金を廃止するとの大学の方針もあります。基金が廃止されると困るので、本研究科の歴代研究科長は、修学支援事業基金への支援を世の中に訴えるとともに、自ら身銭を切って基金の維持に努めてきました。ただ、このようなやり方にはもちろん限界があります。  修学支援事業基金の維持のためには、本研究科の修了生の皆さんの助けがどうしても必要です。本研究科には1,300人近くの修了生がいます。その人たちがほんの少額でよいので、基金に寄付してくれたら年間30万円の奨学金の支給など造作もないことです。1人5千円や1万円でも、年間複数人に奨学金を支給できそうです。現在は複数の応募者の中からあえて1名を選び出して、その人にだけ奨学金を支給しています。この選別作業も心苦しいのですが、このままだとその継続すら難しくなるという悲観的な推測もあります。  ただ、最近、少しずつですが、修了生の中からポツポツと修学支援事業基金に寄付してくれる人が現れ始めました。この傾向には大変心強い思いがします。大学への寄付というと、敷居が高くて踏み切れないという遠慮や、何に使われるか分からないから怖いという猜疑に阻まれ、これまで実行に移してくれる人がなかなか現れなかったからです。しかし、修学支援事業基金は上記のように使途が決まっていますし、寄付の方法も想像以上に簡単だということが、少しずつですが、広まってきたのかもしれません。もし本研究科の修学支援事業基金に関心をもってもらえたのであれば、下記のURLをご覧いただけると幸いです。 https://www.miraikikin.osaka-u.ac.jp/project/learning-lawschool

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2023/09/06
カラマーゾフの兄弟

学生時代にドストエフスキーの短編小説を読んで、心を強く揺り動かされたという体験をした記憶があります。ドストエフスキーがロシアの文豪であり、世界文学史上の大作家であることを思えば、私がその筆の力に魅了されたのも、特段不思議なことではなかったのかもしれません。当時の私は他の学生同様、自分が何者であるかを知らず、身の振り方に確信も持てず、それでも何らかの答えが欲しくて模索しているところでした。そこに文豪の言葉がすうっと入り込んできたのだと思います。たまたまその時期の自分の精神状態と波長が合ったということもありました。  ドストエフスキーが長編小説を沢山書いているということはもちろん知っていました。でも、当時、それらを手にしようという気にはなりませんでした。短編小説に感動したからといって、さらに進んでロシア文学の巨匠の作品に浸る境地にまでは至らなかったのです。ただその後、ドストエフスキーが裁判を傍聴するなどして、刑事事件にインスピレーションを得ながら小説を書いているということを知りました。誰もが知っている『罪と罰』という小説のタイトルは、「犯罪と刑罰」の意味ですから、それが法律の世界と密接に関連していることは分かりますが、あの有名な大作『カラマーゾフの兄弟』も、刑事裁判が重要な舞台になっているということを知ったのは、十数年前の亀山郁夫の新訳が出た頃でした。  何がきっかけだったのか、もう覚えていないのですが、亀山訳の『カラマーゾフの兄弟』を読んでみようという気になり、直ちに全巻購入しました。そして、一夏かけて一気に読破しました。途中で挫折する人もいると聞いていたこともあり、読み終えたときは、ちょっとした達成感もありました。正直に言えば、確かに、ロシア正教やローマ・カトリックのくだりにさしかかったとき、キリスト教の知識不足ゆえに、足踏みを覚悟した瞬間もありました。しかし、自分が研究対象にしている西洋法を理解するのに、宗教の話を避けて通ることはできないと思い、関連書を頼って乗り切りました。その結果、第4部第12編「誤審」のところまでたどり着くことができました。  法律学を学ぶ者にとって、この第4部第12編こそがクライマックスです。なぜならここでは、刑事法廷を背景にして、息をのむような証人尋問があり、それから検察側による感動的といってよいほどの大論告があって、その後、弁護側がそれを上回るといってよいくらいの説得力のある熱弁を振るう場面が展開されるからです。このパートだけで250頁にも及ぶ大弁論が繰り広げられるのですが、テンポがよいので、夢中になって読み進めることができました。文豪の手にかかると、法廷劇がかくも面白く描かれてしまうのか、と思わざるを得ないものでした。結末は意外なものでしたが、それはあえて伏せておきましょう。  この夏、久しぶりにドストエフスキーの長編小説に挑戦してみようと思い立ち、彼の代表作の一つである『悪霊』(もちろん亀山郁夫訳)を手に取りました。大作ではありましたが、分量的には『カラマーゾフの兄弟』の半分強ですし、一夏あれば読了できるだろうと見込んで読み始めたところ、これがまた大変面白くて、予想外に早く読み終えてしまいました。この小説は実際にあった内ゲバ殺人事件が執筆のきっかけだそうです。幾重にも張りめぐらされた伏線を回収しながら進むストーリー展開は、良質のサスペンス小説であるといってよいでしょう。読むのを迷っている人には、自信をもってお勧めいたします。

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2023/08/09
認証評価と加算プログラム

本研究科にとって、今年は試練の年になります。というのも、今年は5年に1度回ってくる法科大学院認証評価(以下「認証評価」)の受審年であるとともに、5年間で実現すべきものとされる法科大学院公的支援見直し強化・加算プログラム(以下「加算プログラム」)の最終年だからです。認証評価とか加算プログラムといわれても、在学生や修了生の皆さんには、聞いたことがあるという程度の認識だと思いますが、法科大学院の教職員にとっては、極めて大きな課題であり、法科大学院の命運を左右するかもしれない大ごとなのです。しかもどちらか一つでも大変なのに、今年は同時に対処せざるを得ないことから、本研究科は(人知れず?)試練に直面しているというわけです。    前者の認証評価は、学校教育法109条3項によって、法科大学院に受審が義務づけられたもので、本研究科は、大学改革支援・学位授与機構という認証評価機関による認証評価を受審することになっています。その目的は、一言でいうと、法科大学院の教育活動等の質保証のための評価にあります。そのため、認証評価機関が、法科大学院の教育課程や教員組織等の活動状況を評価し、評価基準に適合しているか否かの適合認定を行うものとされます。本研究科は過去に3度、上記機構の認証評価を受けており、いずれも適合と認定されました。今年は4巡目になります。    後者の加算プログラムは、文科省によると「法科大学院間のメリハリある予算配分を通じ、各法科大学院の教育理念や抱える課題、強み等の特徴に応じた体系的・系統的な取組を促し、法科大学院の教育力の向上を図るもの」とされています。こちらは、法科大学院が5年間の機能強化構想とそれを実現するための具体的な取組を検証可能な目標(KPIといいます)とともにパッケージとして提案し、その成果を文科省内の審査委員会が評価し、評価内容に応じて予算配分するという仕組みです。評価は毎年あるのですが、最終年は5年間の成果が総括され、それに見合った評価結果が出されるようです。   認証評価はもちろん、加算プログラムも、法科大学院の組織対応やパフォーマンスに焦点を当てた第三者評価を伴っており、その審査結果次第で、法科大学院は一喜一憂にとどまらない大きな影響を受けることになります。認証評価の審査結果は、改善意見が付くことこそあれ、基本的には適合・不適合という形で出されます。もし不適合という審査結果が出たら大変です。これに対して加算プログラムの審査結果は、予算配分への反映という形で出されます。本研究科も含め財政規模の小さい組織にとって、これ以上の緊縮財政は死活問題です。法科大学院の教職員が、認証評価と加算プログラムに、呻吟しながらも一生懸命取り組んでいる理由も、少しは理解してもらえるかもしれません。    時期的な観点からいうと、認証評価の作業の方が先行し、11月の訪問調査が終わったら、作業もだいたい終わる(たぶん)と思われるのに対して、加算プログラムの方は、おそらく秋以降に最終報告書の提出依頼が来ると想像されるため、そのタイムラグを利用すれば何とか対応できるだろうと想像していたところ、加算プログラムの最終年は、次期加算プログラムの準備年でもあると告げられ、大慌てで6月からその対応も行っています。タイトなスケジュールの中、負担の大きい作業をこなしてくれているスタッフの姿を見るにつけ、手前味噌ながら、本研究科の教職員の勤勉さと有能さを感じます。組織が機能するのは、結局のところ、人次第であると(当たり前とはいえ)つくづく思わされます。

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2023/07/10
司法試験について考える

法曹になろうとする者にとって避けて通れない関門が司法試験ですが、今月はその司法試験の実施月です。実施期間は12日(水)から16日(日)までの14日(金)を除く4日間です。法科大学院生にとっては、ロースクール入学後の当面の目標が司法試験の合格であることから、当の受験生はもちろん、来年度以降の受験を想定している在学生にとっても、司法試験の実施期間は、特別なものとみなされるでしょう。このメッセージは司法試験の開始直前に公開される予定であり、本来であれば、司法試験受験生に対して威勢のよいエールを送るべきところ、今年の特殊性に鑑み、少し冷静に司法試験のことを考えてみたいと思います。  昨年度までの司法試験は5月中旬に実施されていました。それが今年度から2ヶ月の後ろ倒しになりました。その理由は、関係者であればよくご存じのとおり、今年度から在学中受験が始まったことにあります。これまでは、原則として、法科大学院を修了していないと受験自体ができなかったところ、これからは、一定の要件さえ満たせば、法科大学院3年次に在学している者も受験できるようになり、3年次の修了後すぐに司法研修所に入所できるようになりました。2ヶ月の後ろ倒しになったのは、在学中の受験を認める以上、これまでのように5月中旬の受験では、時期として「早すぎる」し、かといって、3年次の修了間際だと、試験の採点等の業務に充てる時間が確保できない、といった諸事情が考慮されたためでしょう。  今年度は旧制度から新制度への移行期です。受験者の多くは、今年3月に法科大学院を修了した人だろうと思われますが、そこに2度目、3度目の受験生と法科大学院3年次生が加わるので(もちろん、4度目、5度目の受験生や予備試験の合格者も加わる)、必然的に、受験生の数は多くなります。法務省の発表では、昨年の出願者数が3,367人だったところ、今年は4,165人に増えており、在学中受験者はその26.75%の1,114人だそうです。今年3月の修了者にとっては、例年よりも2ヶ月遅い受験となるため、その分、多くの準備時間が得られたと思われるかもしれないし、少し間延びしたと思われるかもしれません。これに対して、既修者の在学中受験者にとっては、入学して1年3ヶ月あまりでの受験ですから、おそらく時間の余裕は感じていないでしょう。  本研究科でも、3年次の在学中に受験する人は少なくありません。所定の要件を満たした人の約3分の2が受験するようです。法科大学院によっては、所定の要件を満たした人のほぼすべてが受験するところもあるようですし、本研究科の在学中受験者が格別多いわけではないものの、早期の受験に挑む準備ができている人ばかりではないことを思うと、送り出す側としては、どうしても不安が先に立ってしまいます。もちろん、在学中受験をする人に対しては、受験すると決めた以上は、今回の受験が自分にとって有意なものになると自覚して、試験に臨んで欲しいと願っています。一発勝負の試験の結果は、本人の実力だけでは計れないところがあり、何が起きてもおかしくないと思って下さい。他方、修了生の受験生の皆さんには、例年よりも延びた2ヶ月をポジティブに捉えてもらったらよいと思います。  本研究科では、今後の動向を視野に入れた検討を始めています。特にスタートしたばかりの在学中受験は前例がないだけに、今後の動向も不透明です。後期の授業はどのような雰囲気になるのか。11月の合格発表時に、どのくらいの人が合格し、どのくらいの人が不合格になると告げられるのか。合格者に対してどのようなメニューを提示し、不合格者に対してどのようなケアを施すべきか。すべて手探りで行わなければなりません。移行期の司法試験ゆえの課題であると考えることもできますが、この課題に対する対応次第で、今後に及ぼす影響も変わるため、心して取り組まなければならないと思っています。

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2023/06/08
ただいま法曹中!

昨年から本研究科のウェブサイトにおいて「OULS修了生が語る ただいま法曹中!」というYouTube動画が配信されていることは、(おそらく)多くの皆さんにとってご承知のことでしょう。この企画は、本研究科の修了生(主として弁護士)と協働し、本研究科から内外に向けて有益な法情報を発信して、社会に貢献しようとするものです。毎回、1つのテーマを決め、それに係わりのある2人から4人の修了生弁護士に集まっていただき、30分から1時間程度、対談ないし座談会の形式で有益な法情報を出し合ってもらい、その議論風景を録画し、さらに編集して体裁を整え、完成させた動画を公開しています。   2004年4月の研究科創設以降20年近くが経過し、本研究科の修了生の数も1,200名を超え、社会で活躍する修了生の姿が目立つようになってきました。法曹養成に特化した専門職大学院として、本研究科が、法曹として活躍する修了生と連携し、彼らが体得した知恵と経験を、法情報という形で世の中に提供することは(少し大げさな感もありますが)研究科の使命といってもよいかもしれません。幸い、協力をお願いした修了生の面々は、こちらが期待した以上のパーフォーマンスを示してくれました。かつて学生として、ここで学んでいた人たちが、今では法曹として、しっかりと社会を支えているのだと思うと、本当に感慨深いものです。   ウェブサイトをご覧いただければ分かるように、現在、5本の動画が公開されています。記念すべき第1回動画のテーマは「法教育」でした。本研究科の修了生弁護士の中には、このテーマに関心のある人が結構いるという感触があったことから、アンテナを張っていたところ、思った以上に多様なバックグラウンドをもった修了生に関心をもってもらい、企画に協力していただくことができました。また、「グローバル法曹」をテーマにした第2回動画では、インターネットを介して、国際業務を手がける修了生と国際機関に勤務する修了生に、国境を越える対話をしていただきました。対話自体がグローバルだったわけですが、7時間の時差を感じさせないスムースな対論ができたことに感謝しています。   第3回動画「弁護士夫婦」はそれまでとは少し趣向の違うものになりました。どこが違うかというと、修了生同士で結婚して夫婦で弁護士をしている人が案外多いことに鑑み、主たる視聴者として、法曹志望者を念頭においてみたという点です。つまり、未来の法曹たちに対してライフプランのモデルを提供しようとしたということです。第4回動画「労働事件」では、数多くの労働事件に従事している2人の修了生弁護士を招き、1人には労働者側から、もう1人には使用者側から、労働問題に取り組む面白さと難しさを語っていただきました。労働者・使用者の両側から見ることで、労働法のリアリティが実感できると思います。   そして現時点での最新動画が「ローファームのお仕事」です。日本の弁護士事務所は1人から数人規模の小さいところが多く、それがゆえに、きめ細やかで親身なリーガルサービスを提供することに長けていました。しかし法律問題の専門化・複雑化に伴い、日本でも大規模な総合法律事務所が存在感を示すようになってきました。そこではどのような仕事が行われているのでしょう。ぜひ第5回動画をご覧いただきたいと思います。ちなみに、その次の第6回動画は「倒産処理」がテーマです。編集はほぼ終わったので、近い将来、公開の見込みです。倒産法制の今が分かります。   「ただいま法曹中」というタイトルは、元々、編集技術を伝授してくれた大学本部のクリエーターから「仮題」として提案されたものです。それがそのまま定着してしまいました。先方も驚いているかもしれません。これからも工夫を重ねて、本研究科からの発信力を高めていくつもりです。この企画は、本研究科から社会に向けての情報発信の試みですが、視聴者としては、本研究科の在学生も当然想定されています。さらにいうと、本研究科の修了生の皆さんにもアクセスしていただきたいと思っています。自分の同期や先輩・後輩がどのように頑張っているのか、動画を見て感じてもらえたら嬉しいです。そして自らも動画作成に関与していただけるとありがたい限りです。

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2023/05/08
いろいろな人との対話のススメ

研究科長の仕事は、人と会って話を聞き、その要望に応えたり、有益な意見を求めて助言を受けたり、こちらの見解を示して相手を説得したり、こちらの姿勢をアピールして一般に理解を求めたり、とにかく、いろいろな人と対話を重ね、意思疎通を図り、情報の流れを良好に保ちながら、研究科の内外を結ぶという仕事だと理解しています。特に春という季節は、年度替わりということもあって、外部の人と会う機会が多めになる傾向があります。昨年春の私は、新任という立場もあり、意識的にあちこちに出かけて、挨拶をして回っていました。今年は挨拶回りこそ減りましたが、誰かとお会いして有益な話をうかがい、同時にこちらの意見も伝えるといった機会には事欠きません。   今年3月末には、大谷直人・最高裁前長官をお迎えし、学生を対象にした講演をしていただきました。その際、大阪大学会館内の貴賓室において、意見交換をさせていただきましたが、判決文でしか接点のなかった人と対面で向き合うと、こちらの一方的な先入観(どんな先入観かは問わないで下さい)とは異なり、当然と言えば当然ながら、知識と経験を備えた温厚で社交的な法律家でいらっしゃることが、すぐに理解できました。このことは、前長官と直接交流された人には共感してもらえるでしょう。私個人は、前長官が最高裁を代表して外交をこなされてきたことの重みをひしひしと感じました。   4月に入ると、入学式を初めとする各種式典が目白押しとなり、新入生の皆さんはもちろん、そのご家族の方々や来賓の方々との交流の機会が生まれます。私にとって有益だったのは、大阪城ホールで開催された大阪大学入学式において、他部局に所属する部局長と会話ができたことです。大学本部の部局長会議の場など、他部局の部局長と接触する機会は確かに少なくないのですが、待ち時間の長い入学式の合間だったからこそ、余裕のある意見交換の余地がありました。研究科固有の問題を超えて、大学全体の問題を考える機会を与えていただいたものと受け止めています。   4月中旬から下旬にかけて、大学外部の方々とお目にかかる機会が多く与えられました。この時期、例年、大阪弁護士会の役員就任披露会があり、大阪弁護士会館での会に招かれるのですが、今年は久しぶりに対面での披露会だったこともあり(昨年はオンラインでした)、大阪弁護士会の役員の先生方だけでなく、各界から参加された来賓の方々と直接会話させていただくことができました。また、大阪大学中之島センター改修お披露目会では、総長を初めとする大学関係者はもちろん、やはり各界から招かれていらっしゃった来賓の方々との交流の機会に恵まれました。  ときには、海外からのお客様をお迎えして、意見交換をさせていただくこともあります。4月末にカリフォルニア大学デイヴィス校(UC Davis)からいらっしゃったLLMプログラム・ディレクターが本研究科を訪問し、同校のロースクールについて、様々な情報を提供してくれました。本研究科の学生にとって、海外のロースクールに留学して法律を学ぶという選択は、まだ念頭にないのかもしれませんが、3年次の秋冬学期や研究科修了後であれば、選択肢として浮上してくるのではないかと想像しています。そういう選択に興味を持った人には、こちらからも情報提供していきたいと考えています。  先月のこの欄では、他者と会話を交わすことの重要性を強調しました。出来のよい法律論は、大抵、真剣なコミュニケーションの産物なのだから、自己完結的な推論で済ますのではなく、人とコミュニケーションをとりながら自分の法律論を磨くようお勧めしました。このことは必ずしも狭い意味での法律論の構築に限られません。そもそも法律家は、コミュニケーションを通じて法律論を展開するものですが、業界内の議論を参照するだけの主張では、業界外に対する説得力を失いかねません。自らの主張に普遍性が備わるのは、外部の異質な議論に身を晒し、自己修正を繰り返した後だろうと思われます。本研究科の学生にとって、今はむしろ机にかじりついて法律書や判決文と向き合う時期だとしても、今後の法曹人生にとって、いろいろな人との対話が不可欠であるということは忘れるべきではありません。

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2023/04/03
新学期に際してのご挨拶

新学期のスタートは、大学に籍を置く者にとって、新しい生活のスタートの場合であれ、旧来の生活の再スタートの場合であれ、心を新たにしてnext stageに進むときに当たります。今年は桜が舞い散る中での新学期開始になりました。私はこれを新学期の開始に花を添える天からの贈り物と受け取りました。進級したばかりの在校生の皆さんにとっても、旧来の風景に華やかな彩りをもたらす門出の景色に見えたのではないかと想像しています。  新入生の皆さんにとっては、この新学期がまさに新しい出発のための重要な起点になるといってよいと思います。皆さんが進学した法科大学院は、法曹養成のための専門職大学院であって、皆さんはここで単に法律を学ぶのではなく、職業のための法律学を専門的に学ぶことになります。本研究科は「新時代を担う、真のLegal Professionalsの育成」を教育理念に掲げていますが、それは、皆さんが法律学を学んだ先に「新時代を担う、真のLegal Professionals」の未来があると考えるからです。   しかし、法科大学院で法律学を学んだ先にあるのは、何よりもまず司法試験ではないかと思われた人もいるかもしれません。本研究科に進学したのは、そもそも司法試験に合格するためだという人もいるでしょうし、中には司法試験の受験資格を得るために、ここに来たに過ぎないと割り切っている人も、ひょっとしたらいらっしゃるかもしれません。法曹になるためには、司法試験に合格しなければなりませんから、皆さんが司法試験の合格を目指して勉強に励むこと自体は自然なことですし、それを応援する人はいても、それを咎める人はどこにもいません。   新入生の皆さんも、さすがに司法試験が法曹人生のゴールを意味するとは思っていないでしょうが、法科大学院生活の締め括りに位置すると思っている人は多いかもしれません。しかし、それではあまりにも寂しすぎるということもありますが、私は皆さんに法科大学院で学ぶ意義を、単純に受験勉強に励むことだとは考えて欲しくないと思っています。それは法科大学院のポテンシャルを過小評価することだと思っているからです。   先に申し上げたように、法科大学院は法曹養成のための専門職大学院です。ここでは志を同じくする仲間が法曹を目指して切磋琢磨しています。もちろん、同一の目標を持っているからといって、生き方や考え方まで同一というわけではないので、何らかの法律問題を取り上げて一緒に議論をすれば、だんだん意見が食い違っていって、違う結論にたどり着くかもしれません。議論を重ねれば重ねるほど、相違点ばかりが目立って、正解が分からなくなり途方に暮れることもあるでしょう。しかし、そうした混迷こそが法律論を鍛えてくれます。   その場合、意見の合わない人を突き放すのではなくて、法律論という同じ枠を守り、相手を説得しようと試行錯誤を繰り返すことで、自分の議論が洗練されていくのですし、相手の議論を理解し咀嚼する中で、自分の議論も修正され強化されていくのです。出来のよい法律論は、大抵、真剣なコミュニケーションの産物です。自分一人だけで考えるのではなくて、他者と会話を交わすことによって、自分の法律論も成長していきます。   法科大学院は皆さんに法律論を行う場を提供します。ここでは議論の相手を見つけることができます。議論は一人ではできません。勉強は確かに一人でするものですが、法律学の議論はひとりぼっちでやるものではありません。法科大学院で学ぶ期間はそれほど長いものではありませんが、志を同じくする仲間とともに法律論に浸ることができれば、充実した生活を送ることができるはずです。そのような学びが、法科大学院生活の先の、司法試験の受験をさらに超えた先にある、豊かな法曹人生に寄与するのです。皆さんには、受験勉強にとどまらない充実した法科大学院生活を送って欲しいと願っています。    待兼池の桜

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2023/03/07
一区切りを付けるということ

多くの人にとって3月は区切りの月に当たります。3月が年度末に当たるところは珍しくありません。年度末に一応の区切りを付け、きちっと精算してから、翌月の年度初めを迎えるという慣行は、多くのところで見受けられる普通の光景です。言うまでもなく、大学においても3月は大きな区切りの月になります。まず、3月には卒業式があります。本研究科でも23日に修了式を予定しています。全員ではないとしても、3年次生のほとんどが研究科の課程を修了します。  在学生にとっても3月は進級する・しないが決まる大事な月です。進級が決まれば、1年次生は2年次に進み、2年次生は3年次に進みます。当たり前と言えば、当たり前のことですが、次の年次に進む前に、ここで1つの区切りを付けるということが大事ではないかと思います。例えば、1年次生は、2年次に進む前に、この1年間を振り返り、自分が2年次に進む用意が本当にできているか、自分の現在地を意識し、反省しておく必要があります。これまでは法学未修者とみなされ、かつ、法学に馴染めていないことも当然視され、相応に配慮されていたかもしれません。しかし2年次に進めば、未修者と既修者の区別に気を遣われることもなくなります。3月に区切りを付けて4月に臨まないと、突然の変化に対応が追いつかなくなるおそれもあります。  3年次生は課程修了によって否応なく区切りに直面させられると言いたいところですが、法科大学院の修了生は、その後に控える司法試験に気を取られがちで、3月の区切りを自覚しづらいのが現実のようです。修了式を終えても、一区切りを付けた感を味わうより、まだ終わっていない感の方が先に来るというのが、法科大学院生の実感であろうと思われます。司法試験の実施が2ヶ月先に延びた今年は、特にそうではないかと想像します。本来であれば区切りを付ける時期なのに、そのことを意識しないまま、これまでの延長線上で生活を継続してしまいかねないということです。  同じことは、在学中受験を考えている2年次生にも当てはまります。2年次から3年次への区切りに対して、これといった意味を見出すことより、4ヶ月後に迫った司法試験の方が気になって、むしろ区切りを無視しようとする傾向の方が強いのかもしれません。熱心に勉強している人の中には、流れに棹さして、ここでもう一段ギアを上げ、勉強の質及び量を上げる方向に動く人もいそうです。それもまた区切りの振る舞いと言えなくもないのですが、一度立ち止まって過去の自分を顧み、その姿勢を幾分反省して、それから次の段階に進むという意味での区切りとは違います。  しかし一旦停止した上で、少しの間、自分のこれまでを振り返り、反省を踏まえて今後の行く末を考えてみることは、長い人生を送る上において、必要なことではないかと思います。沈思黙考や気分一新の機会は、大抵、区切りのときにもたらされます。長い人生には区切りが必要なのです。生活に区切りがないと、だらだらとした時間が流れるだけか、ずっと緊張したままの時間が継続するだけになり、転回も改新もない、つまらない人生になってしまいます。入学式や修了式が設けられているのも、意図的に区切りを設定し、転機を与えるためだと解釈できます。もちろん、区切りの時点で方向を転換しなければならないわけではありません。そこでは一旦停止と自己省察が促されるだけのことです。しかし、立ち止まって考えるからこそ、惰性では得られない飛躍が見込めます。飛躍のためには、一生懸命に打ち込む時間も要るのでしょうが、おそらくそれは区切りと区切りの間にあると思われます。  3月は1年の中で区切りを最も意識させてくれる月です。私も、今の役職に就いて早1年、もはや新人気分ではいられません。今月を区切りにして、反省すべき点は反省し、気持ちを入れ替えて、次の1年に臨みたいと思っています。ずっと緊張したままだと妙なところで切れてしまいかねませんし、だらだらとしていても、よい仕事はできないので、ここで区切りを入れて次に向かいます。そして飛躍を目指したいと思います。

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2023/02/03
法科大学院の存在意義を考える

年が明け、2023年がスタートして1ヶ月以上が経過したというのに、相変わらず旧年の課題と向き合う毎日を送っています。光陰矢のごとし。先の問題が解決する前に、次の問題が現れるといった事態の繰り返しで、なかなか厄介です。しかし積み残しの課題の前で身を震わせているのは、決して私だけではないでしょう。しかも、それは個人に限られる話ではなく、組織や制度の中にも見受けられます。現在も年来の課題に呻吟している組織・制度は少なくありません。他ならぬ法科大学院制度がその一例と言えましょう。  もう忘れてしまった人もいるかもしれませんが、法科大学院制度は、司法制度改革の一環と位置づけられ、18年前に創設されました。改革の思想を表した司法制度改革審議会の意見書は、法科大学院を「新たな法曹養成制度」の「中核を成すもの」と位置づけ、次のように述べています。「司法試験という『点』のみによる選抜ではなく、法学教育、司法試験、司法修習を有機的に連携させた『プロセス』としての法曹養成制度を新たに整備すべきである。その中核を成すものとして、法曹養成に特化した教育を行うプロフェッショナル・スクールである法科大学院を設けるべきである。」今でも思い起こされるべき提言です。  本研究科も制度創設とともにスタートしたので、本研究科の歩みは法科大学院制度の歩みと足並みを揃えています。しかしどちらの歩みも順風満帆ではありませんでした。ここで苦難の歴史を語るのは、必ずしも適当と思われないため、あえて言及いたしませんが、少なくとも本研究科が発足したときは、上記の提言をリアリティあるものとして受け入れていたことは指摘しておきたいと思います。本研究科はもちろん、法科大学院は「法曹養成に特化した教育を行うプロフェッショナル・スクール」であると、誰もが躊躇なく、そう語っていました。  スタートした頃の本研究科は、法学未修者コースの人が主体だったこともあって、学生の顔ぶれが実に多種多様でした。それに学生の平均年齢も今よりかなり高めでした。他学部・他研究科出身の人もたくさんいました。法学部出身者も決して少なくなかったはずですが、研究科の雰囲気は明らかに法学部とは異なっていました。良くも悪くも、主体的に行動し、積極的に意見を述べる学生が比較的多いと感じました。法学部のカルチャーに浸っていた教員(私のこと)には、面食らうことも多かったのですが、他方で、彼らと一緒に成長しようという意欲も掻き立てられました。  あれから18年が経ち、制度として、落ち着いてきた面も確かにあります。しかし「法曹養成に特化した教育を行うプロフェッショナル・スクール」の創設という課題は今も課題であって、相変わらず解決を迫られています。年来の課題を果たすため、法学部の法曹コースと連携した5年一貫の法曹養成も始まりました。来年度からは在学中受験も始まります。これらの試みが、年来の課題の解決につながるのか、危惧されるところがないわけではないものの、関係者の一人として、無責任な態度はとりたくないと思っています。  本来なら、ここで力強いメッセージを送らなければならないところです。たまたま先日、伊藤眞東大名誉教授のコラム「法科大学院を想う-司法制度改革意見書が語った夢は潰えたのか」書斎の窓685号32頁(2023年1月)を読み、「喜寿を超えた元法科大学院教員の願い」に接しました。現役教員に委ねられた責任は重いということを改めて感じ入りました。「新時代を担う、真のLegal Professionalsの育成」という本研究科の教育理念は、きれいごとだと思う人もいるかもしれませんが、これをリアルに感じさせるのが自分の役割であると考えています。

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2022/12/09
司法試験の在学中受験について

従来、司法試験は5月中旬に実施されていました。しかし、在学生の皆さんは既によくご存じのように、来年度から司法試験は7月中旬に実施されることになっています。二ヶ月も後倒しになった理由は、来年度からいわゆる在学中受験が始まるため、この制度に合わせなければならなくなったことにあります。在学中受験のことをご存じない方のために、簡単に申し上げると、それは、法科大学院の在学生のうち、一定の要件を満たす者に司法試験の受験資格を認め、法科大学院の修了前に司法試験受験を認める制度を指します。さらにざっくりと言うと、法科大学院生が2年次末までに所定の単位を修得すれば、3年次の7月中旬に実施される司法試験を受験してもよいとされるとともに、同試験に合格し(合格発表は11月上旬)、かつ、翌年3月に無事に法科大学院を修了できれば、直ちに司法修習生になれるというものです。  これまでだと、法学未修者は3年間、法学既修者は2年間、法科大学院で学修し、3月末に修了した1ヶ月半後に司法試験を受験するのが通例でした。それが来年度以降、2年次修了時に選択を迫られることになります。すなわち、これまで同様、法科大学院の課程を修了した後に受験するか(ただし、受験は修了した3ヶ月半後の7月中旬になる)、法科大学院在学中の3年次の7月中旬に受験するかの選択です。どちらを選択するかの判断は、受験する法科大学院生の客観的・主観的条件によって左右されます。3年次の夏の時点で受験できる資格と資質を持ち合わせた法科大学院生であれば、在学中受験に挑むことになるでしょうし、そうでないのなら、これまで同様、法科大学院修了後に司法試験を受験する道を選ぶことになると一応言えます。  在学中受験の制度は、従来の制度と比較して、確かにメリットがあります。在学中に受験すれば、合格通知も在学中に受けられますし、法科大学院修了後、直ちに司法修習に進むことができるため、いわゆるギャップタームなく、法科大学院から司法研修所に移行できます。タイム・パフォーマンスを重視する人には、魅力的に感じられるでしょう。特に法学既修者は、2年次4月に入学し、3年次3月に修了すれば、直ちに司法修習生になる可能性があるため、時間的観点から見れば、予備試験と司法試験の両者に合格して司法修習生になる場合と実質的に変わらないと理解されるかもしれません。予備試験と司法試験という合格するかどうかが不確実な試験を2つも受験するよりも、法科大学院の既修者コースに進学し、在学中に司法試験を受験する方が(システム理論風に言えば)不確定性を縮減できると思わせてくれるでしょう。  それゆえ、既に法科大学院に在学している人が、在学中受験に挑戦しようと思うことにも一理あります。特に本研究科の2年次生の多くが、来年夏に司法試験を受けようと思っていることは、容易に想像できます。2年次修了の時点で受験資格を得られそうな人であれば、来年夏の時点で、合格を確信できる人もきっといるだろうと推測します。もちろん、受験資格を得た人の中には、合格を確信できず、一か八かで受験せざるを得ない人もいるでしょう。そういう人の中には、来年の受験に失敗したとしても、5回の受験回数のうちの1回分を消費したに過ぎず、よい経験ができたとポジティブに解し、法科大学院修了後の翌年度の司法試験に備えようと割り切る人もいるでしょう。それはそれでその人の選択だと思います。  ただ、実際に在学中受験に挑む前に冷静に判断して欲しいと思うのです。これまで法学既修者は法科大学院入学後、少なくとも25ヶ月半を経てから受験していました。在学中受験となると、15ヶ月半で受験することになります。従来よりも10ヶ月も短い期間で受験するのです。私見によれば、法科大学院生活最後の10ヶ月は学力が飛躍的に伸びる時期に当たります。その飛躍期の到来前に受験する以上、飛躍などなくても試験に太刀打ちできる実力が備わっている必要があります。もちろん既述のごとく、勝算の見込みなど考えず、翌年の予行演習のつもりで受験するという選択もあります。その場合、受験に失敗すれば、その結果を背負って卒業することになります。受験失敗など、たいしたハプニングではないと考えることもできますが、それなりの精神的ダメージを被るおそれも否定できません。だから来年7月の受験を検討している2年次生には、周りの雰囲気に流されることなく、自分の選択が自分にとって本当に有意義なのか、慎重に判断して欲しいと思うのです。

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2022/11/07
合格者祝賀会に出席して

今年もまた、10月17日18時30分から、大阪大学法曹会の主催により、司法試験合格者祝賀会が開催されました。昨年同様、大阪弁護士会館2階のホールをお借りし、そこに今年の合格者を招き、阪大のOB弁護士を中心に、盛大に合格を祝う会が催されました。合格者祝賀会は、毎年開催の予定とされていますが、コロナ禍ゆえ、一昨年は開催中止となりましたし、昨年は大阪弁護士会館に当年度と前年度の合格者も集めて開催されたものの、懇談はなく、黙食の後、前方の登壇者の話を聞くことに終始しました。コロナ未収束の今年も、昨年と同じ形式になると思いきや、今回はテーブル席が設けられ、そこでの懇談だけはできるように配慮されていました。感染防止の大原則はゆるがせにせず、かつ、祝賀の雰囲気作りもなおざりにしないという主催者の心意気を感じました。   過去の合格者祝賀会は、立食パーティーの形式をとっていたため、祝う側と祝われる側が次々に相手を変えて、にこやかに談笑する様が、会場のあちこちで見られました。昨年と今年は形式こそ違えど、和やかな雰囲気に違いはなく、祝われる側はもちろん、祝う側も嬉しい気持ち一杯で参加していました。私は、祝う側からの参加の経験しかありませんが、合格者祝賀会に参加する度に、とても幸せな気持ちにさせてもらっていました。ずっと成績上位でいて、当然のように一回の受験で合格し、今後の前途も洋々たる合格者であっても、人には言えなかった重圧から解放された喜びがあるのであって、それを素直に表現しているのを見ると、本当によかったなぁと思いますし、複数回の受験の末、ようやく合格できた人が、ここまで諦めずに頑張ってよかったと語るとき、やはりその思いに共感してしまいます。   このような催しを企画し、実行してくださっている関係者の皆さんの努力には感謝しかありません。合格者祝賀会の開催を自らの使命と考え、合格者のためにご尽力いただいた方々には、本当に頭が下がる思いです。今回も、合格者祝賀会の場に駆けつけてくれたOB弁護士が多数いらっしゃいました。その中には、わざわざかなりの遠方から来て下さった方々もいらっしゃいます。また、就活懇談会で講師を務めて下さったOB弁護士にも大変お世話になりました。本来であれば、ここでお一人お一人の名前を挙げて、感謝の念を示すべきところです。が、きっと恥ずかしいからやめてくれと言われるでしょうから、あえて割愛いたします。しかし本当にありがたいというべきです。   願うことなら、祝われた側の皆さんは、自分の合格を祝ってくれる先輩たちがいること、先輩たちが自分のために尽力して下さっていることに思いを巡らせていただきたいのです。もちろん、先輩たちは後輩たちを祝ってあげたいという自然な気持ちから駆けつけてくれているのであって、お返しや見返りを期待しているわけではないのですが、後輩たちに喜んでもらい、かつ、そのことを態度で示してもらえたら、これに勝る幸福はないと思うのです。司法試験合格者祝賀会は、祝う側の善意の上に成り立った、とても麗しい仕組みであると私は思います。必ずしもすべての司法試験合格者に対して開催されるものではないため、その機会が与えられた合格者にとって、それは一種の特権付与であるといってよいでしょう。   主催者である大阪大学法曹会は、合格者の範囲をできるだけ広くとって、お祝いしようと考えて下さっています。そのため、高等司法研究科修了の合格者51名だけでなく、大阪大学法学部卒業の合格者も視野に収め、他大学の法科大学院に進学し合格した人や予備試験を経由して合格した人も招待しています。とても太っ腹?です。しかし残念ながら、今回の祝賀会に実際に出席した合格者は招待された人の半分程度でした。もちろん、やむを得ない事情があって欠席通知をされた人もいるでしょうから、全員が揃わないのは仕方のないことです。私が気になったのは、招待の通知をもらっておきながら、何の返事もしない人が3割近くいたことです。主催者からの一方的な招待なのだから、別段、返事をする必要はないと思ったのだろうと推測します。しかしそれは心得違いです。むしろ他者に思いを巡らすことのできない人は、法律家としての資質も問われかねないと考えるべきでしょう。   今年の合格者祝賀会の盛況ぶりを見る限り、来年も、祝う側は快く祝賀会を開催し、また遠方からも駆けつけてくれるOBもいると思います。これは本当にありがたいことです。今年祝ってもらった人は、来年、後輩たちを祝ってあげて欲しいと思います。そして後輩たち(特に受験を控えている在校生)の皆さんは、来年、祝賀会があることを意識しておいて下さい。受験日が2ヶ月後ろ倒しになるので、祝賀会もそれに連動することになりますが。  

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2022/10/03
2022年司法試験合格発表

今年の司法試験の合格発表は9月6日にありました。本研究科では、法務省からのデータ通知を受け、教務係において直ちに合格者名簿を作成し、過去のデータとの比較を行うとともに、とりあえずの結果分析を行いました。その概要は、研究科ウェブサイトで公開済みですし(https://www.lawschool.osaka-u.ac.jp/barexam/index.html)、また、今月配布予定のニューズレター24号にも、少し異なる角度から結果分析をしたものを掲載しています。私は、日頃から、司法試験至上主義には批判的な態度をとっていますが、司法試験至上主義を批判する・しないに関わらず、法曹への入り口となる司法試験に強い関心を持ち、これに対処することは、法曹養成機関である法科大学院にとって、必要不可欠であると思っています。それゆえここでも司法試験の結果が意味すると思われるところを取り上げます。 まず、本研究科の結果をあらためてデータで振り返ってみます。今回の受験者は111人(昨年115人)で、そのうち短答式試験の合格者が95人(昨年94人)、短答式の合格率が85.58%(昨年81.74%)、最終合格者は51人(昨年47人)、最終合格率は45.95%(昨年40.87%)でした。合格者数も合格率も昨年を上回っていますが、予備試験合格者の受験者最終合格率(97.53%)はもちろん、法科大学院でトップの受験者最終合格率を出した京都大学(68.00%)と比較すると、見劣りすることは否めません。せめて受験者の半分は合格してしかるべきであるとするなら、あと5人は合格して欲しかったと思う気持ちにもなります。 しかし、このような感想は組織単位で見たときの当局的なものの見方に過ぎません。受験者個人の立場から見れば、合格した人は、どこの組織に属していようと、等しく合格の栄に浴します。合格できなかった人は、同じく所属に関係なく、この結果を受け入れて次に何をするのか、考えなければなりません。個人の視点から見たときは、組織単位のそれとは異なる評価がなされます。もちろん、合格した人は、いずれにしても祝福されるでしょう。司法試験合格が法曹への関門とされている以上、法曹になろうとする者がこれに合格することは必要条件です(十分条件ではありません)。このハードルの高い必要条件をクリアしたのですから、そのことは称えられてしかるべきです。今月17日に大阪弁護士会館で開催される合格者祝賀会にも招待されます。祝賀会にはぜひご参加下さい。 合格できなかった人は、次の一手を考えなければなりません。法曹になることだけが人生ではないので、進路再考も考慮に値しますが、法曹を志し、せっかく法科大学院を修了したのに、ここで諦めてしまってもよいのか、自問自答してみましょう。こういうときは一人だけで考えるのではなく、誰かに相談しましょう。本研究科も修了生に手を差し伸べています。勉強は一人でするものですが、ひとりぼっちでするものではないと、以前申し上げました。法科大学院で学ぶということは、在学中に限られる話ではなく、修了後も一定の関係が続くと考えてもらってよいのです。ニューズレター24号にも、司法試験不合格の後、泣きながら敗因を分析し、同時に本研究科の先生方のアドバイスも受けながら、再起を図って、翌年見事に合格を果たした修了生の体験談が掲載されています。ぜひ参考にして下さい。 最後に在学生に向けて申し上げます。先月も書いたように、法科大学院における成績は、司法試験の合否と強い相関性を持っています。今年は特にその傾向が強く表れました。学内成績の上位者は軒並み合格しました。特待修了生(成績上位20名)は全員一回目合格です。私は普段「成績上位者だからといって、最初に受けた司法試験に必ず合格するとか、成績下位者は司法試験を受けても合格できないというわけではない」と口にしているのですが、少なくとも成績上位者の合格率は益々高くなっています。学内成績と司法試験の合否の間に強い相関性が見られる以上、成績上位者でいることは司法試験合格への確実性を高めるはずです。このことは、日頃から授業の予習復習に努め、学内成績をよくすれば、合格に一層近づくと示唆するものでしょう。 しかし、願うことなら、仲間と一緒に実力を高め合って、モチベーションを維持しながら、法曹への入り口を通過できるよう、日頃の学習を心がけていただきたいのです。さらに理想を言わせてもらえば、本研究科の修了生であれば、成績上位者でなくても、司法試験くらいなら合格するという日が来ることを願ってやみません。

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2022/09/01
期末試験の季節を終えて

7月下旬から8月上旬にかけて、春・夏学期の期末試験が行われました。が、今年もまた、コロナ禍での挙行となりました。本試験こそ対面で行われたものの、追試験はオンラインで行わざるを得なかったため、学生の皆さんにも戸惑いがあったのではないかと推測します。いやむしろ学生よりも教員の戸惑いの方が大きかったかもしれません。8月中旬には試験の採点も終わり、その後、試験の講評が出たり、解説講義が行われたりしています。8月下旬には成績評価に対する異議申立期間が設定されましたので、異議申立書を提出したという人もいるでしょう。今月上旬には審査報告もあるはずです。試験の結果に満足している人もきっといるはずですが、どちらかというと、結果にがっかりしている人の方が目立つかもしれません。  本研究科のみならず、一般に、法科大学院における成績は、司法試験の合否と強い相関性を持つと言われています。司法試験合格者の中で、成績上位者が占める割合はかなり高いということです。もちろん、成績上位者だからといって、最初に受けた司法試験に必ず合格するとか、成績下位者は司法試験を受けても合格できないというわけではありません。しかし、学内成績と司法試験の合否の間に強い相関性が見られる以上は、成績上位者でいることが司法試験合格への確実性を高める、と考えるのが自然でしょう。  ただ、このような発想が司法試験至上主義と同質の学内成績至上主義と結び付いてしまうことは、問題だろうと思います。もちろん、成績を上げたいと思うこと自体は全然問題ではありません。成績が芳しくない人は、成績を上げるために行動しなければなりませんし、成績を上げようとして、試行錯誤の努力を重ねることも必要です。しかし、成績がよくないのは成績評価をする人がよくないからだ、とか、他人の成績を下げることができれば、自分の成績は上がるはず、といった思考に陥ってしまうと、それは非生産的というだけでなく、誤った方向へと行動が導かれてしまいかねません。  確かに、成績は評価の産物ですから、評価する人の判断に依存します。自己評価がそれと食い違った場合は、評価した人の判断の誤りを疑いたくもなるでしょう。また、評価の過程に過誤が生じる可能性もゼロではありません(これをあぶり出すための仕組みとして、成績評価の異議申立制度が置かれています)。しかし、成績評価というものは、常に他者評価であって、自己評価によるものではあり得ません。自己評価に比して他者評価が低いと感じる場合は、まず、他者評価を基準にして、そこから自分の成績結果の問題点を洗い出してみるべきです。評価をした人の判断に疑義があるからといって、自己評価がそれに置き換わることはないのです。試験の結果についても、自分のどこに問題があるのかを検討していく方が、結局のところ、成績の向上につながるものです。  本研究科の成績評価は、基本的に相対評価の手法によっています。そのため、多くの人ができていることができていないと評価されたら、成績は低くなりますし、逆に、多くの人ができていないことができていると評価されたら、高くなります。このことを逆手にとって、他人の足を引っ張ることで、相対的に自分のポジションを上げようと画策する人も、ひょっとしたら、いるかもしれません。しかし、仮にそのような試みが成功したとしても、実力に変化があったわけではないため、たとえ成績が上向いたように見えた場合でも、そのように見えただけのことで、持続可能性は全くありません。むしろ他人を尊重し、互いに協力して、情報を交換し合う方が、結局のところ、成績の向上につながるものです。  以前、歴代の首席卒業者に、どのように勉強してきたのか、尋ねたことがあります。回答は大抵シンプルです。自分は学習者だから、教えられたことをしっかり学び、それを吸収していくだけだと言うのです。他方、他人から自分の勉強の仕方を問われたら、答えるようにしていたとも言います。そうすると、教員も同級生の方からも、自分に色々な情報をくれるようになるので、結果的に、自分にとっても有益だったそうです。参考になる学習姿勢ではないでしょうか。

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2022/08/04
お金の話

今回はお金の話をしようと思います。お金の話といっても、金銭や貨幣の一般論ではなくて、本研究科にとって必要なお金のことです。まず、そもそもロースクールを営むのにどのくらいのお金が要るのか、想像できますでしょうか。建物や施設を整備するのに資金が必要なことも、教育サービスを提供するのに不可欠な人員配置に資金が必要なことも自明ですから、具体的な金額や内訳が分からなくても、相当なお金が要るということは理解されるでしょう。   では、その資金はどのようにして賄われているのかと問われたら、どうでしょうか。最初に思い浮かぶのは授業料や入学金でしょう。学生が大学に支払う授業料や入学金は、教育サービスへの対価として徴収されていると想像するのは、不自然なことではありません。学生の立場からすると、お金を払って教育サービスを購入しているというイメージでしょうか。しかし、授業料や入学金だけで大学の事業が賄われているわけではないということも、おそらくはご存じでしょう。大阪大学のような国立大学法人の場合、国からの運営費交付金が最も大きな収益源であって、授業料・入学金の4倍程度あります。運営費交付金の原資は税金です。つまり、大学の運営に多額の税金が投入されているということになります。  大学に対して多額の税金を投入する実質的理由はいくつか考えられます。例えば、大学は研究機関でもあるため、国も資金面から学問研究を支援する必要があり、そのために税金を原資とする運営費交付金を交付すると考えることが可能です。大学の生み出す知は狭義の教育・研究を超え、社会全体を豊かにするため、国の財政によって維持される必要があると考えることもできます。もちろん、学生の教育それ自体が社会にとって有為な人材の育成を意味するため、国は将来の社会発展に向け、学生に投資しているとみなすこともできるでしょう。以上のように捉えると、大学は授業料を支払う学生だけでなく(あるいはそれ以上に)、税金を納める国民に依存していることになります。同時に学生もまた、自らが支払う授業料だけで、教育サービスが受けられているわけではないことに気づくでしょう。学生の教育に必要な資金は、学生だけが負担するのではなく、国民的支援の対象なのです。  このように教育サービスの提供にとっても大事な運営費交付金ですが、大学予算全体に占める割合は減少していく傾向にあります。減少の是非も問題ですが、取りあえず問わないでおきます。国の方針では、財源の多元化を目指して、大学は外部資金の獲得に努めなければならないとされ、運営費交付金頼みではなく(おそらく授業料の値上げでもなく)、大学の外部の様々な主体に働きかけ、教育・研究・社会貢献への理解を求めていくとされています。実際、大学(大阪大学)全体としては、大型の外部資金獲得に向けて動いています。   本研究科に限れば、巨額の研究施設や実験機械を必要とする理系部局と異なり、学問研究のための資金は、相対的に小さいと言えます。それでも、運営費交付金だけでは到底足りないため、外部資金の獲得は不可欠です。研究者教員は研究計画書を作成して自らの研究の意義を外部にアピールし、研究計画の採択を目指します。それが採択されて研究用資金が得られたら、その資金を用いて研究計画を遂行し、そこで成果をあげることができたら、また次の研究計画を立て、研究の進展を図るという過程を繰り返しています。   研究用資金はそうやって賄うとしても、教育用資金は同じようにはいきません。ここでは相変わらず内部資金の占める割合が大きいのです。増え続ける需要に応えることは難しくなるばかりですが、支えようとしてくれる人もいます。青雲会や法曹会といった同窓会組織は、各種の行事に対して、財政的な支援をしてくれています。今後は修了生の皆さんからの寄付にも期待したいところです。「経済的理由により修学が困難な高等司法研究科の学生への奨学金支給事業」として「修学支援事業基金(高等司法研究科)」が設けられていますが、少額で構わないので、ここに寄付してもらえたら、後輩たちの育成支援になります。実は最近、修了生の一人から寄付がありました。これは本当に嬉しい出来事でした。修了生の皆さんが後輩たちへの奨学金支給に協力して下さったら、これに勝る喜びはありません。

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2022/07/04
法律家のエートスについて

エルンスト・ヴォルフガング・ベッケンフェルデという人をご存じでしょうか。2019年2月24日に、88歳で惜しまれつつ世を去ったドイツの公法学者です。彼は、フライブルク大学で公法、憲法史、法哲学を講じてきたほか、1983年から96年まで、ドイツ連邦憲法裁判所の判事を務め、法学と法曹実務の双方において、大きな業績を残しています。来日経験もあり、著書の邦訳もあります(初宿正典編訳『現代国家と憲法・自由・民主制』)。その彼が2010年に公刊した著書に『法律家のエートスについて(Vom Ethos der Juristen)』という40頁ほどの小作品があります。とても味わい深い本です。今回はこの本を参照しながら、法律家のエートスについて少し語りたいと思います。  まず、エートスとは何でしょうか。広辞苑には「ある民族や社会集団にゆきわたっている道徳的な慣習・雰囲気」とあります。ベッケンフェルデによれば、エートスとはギリシャ語に由来し、アレテー(「徳」のこと。「徳」については、アリストテレス『ニコマコス倫理学』参照)と関連し、倫理(ドイツ語だとEthik、英語ではethics)と同根であるとされます。しかし、エートスは規範的な倫理・道徳と同じではなく、それとは一応区別されています。すなわち、エートスとは規範的な意味合いも含んだ社会習慣をいうのです。それゆえ法律家のエートスとは、法律家共同体の中で共有されている倫理性を帯びた思考・行為習慣であるといってよいでしょう。  法律家のエートスを具体的に説明するため、ベッケンフェルデは、古代ローマの法律家、大陸法系の法律家、英米のコモンロー系の法律家の3つのエートスを取り上げます。このうち後二者の思考・行為習慣については、聞いたことがあるかもしれません。すなわち、大陸法系の法律家は、法体系を重視し、法律の解釈適用が自己の任務だと自覚するのに対して、コモンロー系の法律家は、判例法を志向し、先例に照らした個別事案の解決を目指すという基本態度です。もちろん、これはいずれも大まかな特徴に過ぎず、実際には大陸法系の法律家も判例は意識しているし、コモンロー系の法律家も制定法に従っています。その意味で、先に挙げた特徴の違いは、本質的なものではないというべきかもしれません。   むしろ法律家に共通して見られる思考・行為習慣として、重要と思われるのは、法律家が形式や手続を尊び、一定の枠の中で思考・行為しようとしつつ、同時にその枠内で具体的に妥当な正義観念を盛り込もうとする姿勢があるとされることです。法律家が、法律や判例に依拠するのは、自らの私的な見解や偏見から距離を置き、個別利益から一旦離れたところで思考・行為するためであって、自己を機械化し、アルゴリズムに従った決定を下すためではありません。もし本当に、法律家の理想が機械的判断にあるのだとすれば、法律家の仕事はいずれAIに取って代えられるに違いありません。法律家は、法律や判例を見据えつつ、自分たちの置かれた現在の社会を理解し、かつ、未来の社会を展望して、何が妥当な判断なのか、思考をめぐらせます。現在の理解や未来の展望は、法律家の専売特許ではありませんが、これと法律・判例を突き合わせ、視線を往復させながら省察を加えていくところに、法律家のエートスがあるといえます。  変化する社会に適切に対応するため、法律家は、原理原則を通じ、時代遅れの法律・判例の解釈適用に修正を加えます。ただ、それが法律家個人の独りよがりの正義感の現れに過ぎないということになると、法律家は善意で社会のあり方を歪めることになってしまいます。そうならないような法文化の構築が、法律家共同体の課題ということになるでしょう。ベッケンフェルデが法曹教育の重要性を説くのも、そのためであると思われます。   いうまでもなく、ロースクールも法曹教育の一翼を担っています。ここが法律家のエートスを育む場所として適切に機能しているかについては、私たちも日々反省しなければなりません。一昔前と比較すると、独りよがりの正義感を振りかざす学生は見なくなったように感じるのですが、逆に、自らを「法律機械」に仕立て上げたがる人は増加の兆しがあるように見受けられます。そのような人はAI時代を生き抜くことに苦労するかもしれません

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2022/06/06
6月は試練の月か?

4月に学期が始まり早や2ヶ月が経過しました。ひょっとしたら、入学2年目の皆さんは違うのかもしれませんが、入学初年度の皆さんには、予習・復習に追いまくられているうち、気がついたら6月になっていた、という感じなのかなと想像しています。新米研究科長にとっても、この2ヶ月は本当にあっという間でした。次々に現れる課題をこなしていたら、6月を迎えていたというのが偽らざる心情です(でも、まだまだ課題をこなしていかなければなりません)。  一昔前、新入生の中には五月病に罹る人がいると言われました。しかし今は六月病の方が多いようです。五月病は、新しい生活環境に適応できなくて、心身に不調をきたし、それが症状となってゴールデン・ウィーク明けあたりに現れるというものだそうですが、本研究科の場合、ゴールデン・ウィークでも普通に授業があるため、一息つく機会を持つことのないまま6月まで頑張って、その結果、ついに心身の不調を自覚せざるを得なくなり、六月病に罹ったことを知るというパターンかもしれません。皆さんの中に六月病の症状のある人はいらっしゃいませんか。倦怠感や焦燥感、不安感や喪失感など、軽い症状から重い症状まで個人差はあるようですが、ロースクール生活に馴染めず、心身の健康に問題を抱えているといったことはないでしょうか。  その悩みはキャンパスライフ健康支援センターで解決できるかもしれません。本学のキャンパスライフ健康支援センターのパンフに、そこで「できること」が列挙されています(https://hacc.osaka-u.ac.jp/ja/wp-content/uploads/download/hacc_pamph.pdf)。センター内に設けられているアクセシビリティ支援室や学生相談室では、各種の悩み相談を受け付けてくれますし、健康診断や医師による診察も受けられます。どこかに相談したいけれど、どの相談窓口に行けばよいのかよく分からない場合も、行き先を教えてくれるとのことなので、とてもありがたい存在です。ちなみに、教職員の相談も受け付けてくれるそうです。本当に親切この上ないですね。  もっとも、心身の不調というほどの状態ではないけれど、学修に行き詰まっているとか、ロースクール生活についてアドバイスが欲しいという人はいるかもしれません。その場合、本研究科に設けられたコンタクト・ティーチャー制度を利用し、担当のコンタクト・ティーチャーに相談してみるのがよいでしょう。ちょうどこの6月がコンタクト・ティーチャーとの定期面談期間に当たっています。担当のコンタクト・ティーチャーから定期面談の連絡が来るので、それにレスポンスして下さい。この定期面談は、教員と学生の直接的なコミュニケーションを通じ、皆さんのロースクール生活をよりよい方向に進めようとするものです。学修に取り立てて問題を感じていない人も含め、全員が担当のコンタクト・ティーチャーと面談することで、ロースクール生活を豊かにするための気づきの機会が得られます。ただ、残念なことに、ときどきコンタクト・ティーチャーからの連絡を無視する人もいます。それはコミュニケーションの拒絶です。しかし、コミュニケーションこそが法律家の技能であることを思うと、単なる無視は、無礼の域を超えて、法律家としての資質を損なうというべきでしょう。  本研究科に携わっている者だけでなく、ロースクールの教育に係わっている人はすべて、ロースクールの修了生が社会の中で公共を担って欲しいと願っています。ロースクールで学ぶ皆さんは、そういう人たちに支えられているのだと思ってもらえるとありがたいです。コンタクト・ティーチャーが皆さんの力になろうとするのも、お節介な口出しをしたいからではありません。皆さんを支援することが社会公共のためだと思うからこそ、尽力しようとしています。皆さんは多くの人たちからの支援を受けつつ学びます。そうやって立派な法曹になり、今度は社会において他人を支援する側に回るのです。それが、法曹界における情けは人のためならず、ということだと思います。

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2022/05/09
修了生の皆さんへ

前回、研究科長室からのメッセージの名宛人として、主に高等司法研究科の在学生をイメージし、さらに研究科の修了生のことも念頭におくつもりであると申し上げました。前回は新入生に宛ててメッセージを発信しましたが、今回は、修了生に向けてメッセージを発信します。対象は、この3月に卒業された修了生はもちろん、本研究科創設以降の18年の間に、ここを巣立ったすべての修了生です。   まずは、現在、司法試験に向けて受験勉強の最終段階にいる修了生にエールを送ります。中には準備万端で余裕のある人もいるかもしれませんが、ほとんどの受験生は、やり残したことばかりが気になって、蒼白状態にあるのではないかと推察します。しかし、ほとんどの受験生がそうであるのなら、受験とはそういうものであって、そういうものとして受け入れたらよいのです。焦燥感をエネルギーに変えて頑張るのならまだしも、受験前から敗北感に苛まれているのは百害あって一利なしです。ここまで来たら、なるようにしかなりません。準備万端でなくても受かるときは受かります。   司法修習中の人や二回試験に合格して法曹人生を歩み始めたばかりの修了生の皆さんにもエールを送ります。司法試験から解放された皆さんにとって、法律は受験の対象ではなく、仕事のための手段というべきものでしょう。法律は端的に金儲けの手段だと、うそぶく人も(ひょっとしたら)いるかもしれませんが、法曹の仕事は本質的に社会のためにあります。法曹が仕事をしてくれるからこそ、法の支配が社会全体にもたらされるのです。このことを自覚し、自分の仕事に誇りをもって、活動して欲しいと思います。   既に社会に出て活躍している修了生の皆さんにも、今さらですが、エールを送ります。皆さんの中には、法曹として活動している人も、法曹以外の職業を選んだ人もいると思います。本研究科は法曹養成に特化した専門職大学院ゆえ、修了生の多くは法曹人生を歩むのですが、全員がそうだというわけではありません。しかし、誰もが縁あって今の職業に就いています。その縁は大切です。ちなみに私も法曹ではないし、法曹を志したこともないのですが、縁あって法曹養成の手伝いをしています。社会公共に奉仕する法曹の養成に携わることが、私にとって、社会公共に奉仕することであると思って、日々努力しています。   法曹として社会で活躍している修了生の皆さんが、社会公共に奉仕してくれていることに対し、法曹養成に携わる者の一人として、私は敬意を持っています。法曹の仕事は、事柄の本質上、他人のために行われます。もちろん、それが報酬ややり甲斐という形で自分に返ってくることは期待してよいので、他人のためだけに行われているものではないとしても、法曹の仕事は他人=社会がそれを必要とするからこそ成立することに変わりありません。自分の仕事がいかに社会公共に奉仕しているか、振り返って思い起こしてみれば、どれほどそれが素晴らしいことなのかが分かるに違いありません。  そして、できることなら自分の仕事(の一端)をもっと語って欲しいと思います。それは皆さんの仕事がもっと知られてしかるべきものだからです。広く社会一般に向けて語ってもらっても、皆さんの後輩である本研究科の在学生に向けて語ってもらってもよいのです。語る手段は色々あるでしょうが、本研究科では「OULS修了生が語る ただいま法曹中!」という場を用意しているので、ぜひここを利用して下さい。意義深いテーマについて、複数の修了生が議論を交わしてくれたら、それだけでも社会的に価値があります。   もし本研究科の在学生に思いを馳せていただけるのなら、このページの右を見て下さい。「ご寄付のお願い」というバナーに気づかれるでしょう。これは「修学支援事業基金」という「経済的理由により修学が困難な高等司法研究科の学生への奨学金支給事業」を表示しています。在学生への奨学金支給にしか用いられないのに、本研究科の修了生からの寄付がほとんどなく、最近はもっぱら教員の寄付によっているのが実情です。たとえ少額でも皆さんが協力してくれたら、奨学金支給事業が維持できます。クリックだけで寄付が可能ですから手間もほとんどかかりません。未来のために、ほんの少しのお力添えがあると嬉しいです。

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2022/04/01
新学期を迎えて

2022年4月から新たに研究科長を拝命した松本和彦です。これから2年間、研究科長職を務めることになります。どうぞよろしくお願い申し上げます。前任者に倣い、以後毎月、研究科長室からメッセージを発信したいと思っております。メッセージの名宛人として、主に高等司法研究科の在学生をイメージし、さらに研究科の修了生のことも念頭におくつもりです。研究科長としてのメッセージであることを自覚しつつ、それが幾分、個人的な見解の吐露になりそうだと思っていることも、あらかじめお伝えしておきます。   4月は新学期が始まる月であると共に、新入生を迎え入れる月です。本研究科もたくさんの新入生をお迎えしました。研究科長は、新入生オリエンテーション時に挨拶をする習わしのところ、今回はその挨拶の言葉を流用し、第1回目のメッセージに代えたいと思います。   まずは新入生の皆さん、法科大学院にご入学おめでとうございます。法科大学院は法曹養成に特化した専門職大学院ですので、本研究科に入学された皆さんは、法曹志望という同じ志を抱いて、ここにいらっしゃったはずです。法曹になるためには、司法試験という大きなハードルを越えなければなりませんが、司法試験合格という同じ目標を持っている点でも、皆さん方は同じものを共有しています。そこでこの共有性に鑑み、次の3つのメッセージを新入生の皆さんに送ります。   1つめは、たかが2、3年、されど2、3年です。皆さんは入学後、2年ないし3年、本研究科で学ぶことになります。この間は、相当しっかりと勉強してもらわなければなりません。この期間は皆さんの人生の中でも、かなり集中的に勉強する期間になると思います。しかし、長い人生の中で2、3年というのは、あっという間です。修了生のほとんどの人が口にするように、皆さんも卒業時には、きっと短かったと思うだろうと推測します。されど2、3年です。2、3年を有効に使えば、十分な成果を上げることができます。皆さんには「たかが2、3年、されど2、3年」と思って、この長いようで短い期間、短いようで長い期間を有効に使っていただきたいと思います。   2つめは、団体活動のススメです。これは勉強の仕方に関わる話です。勉強は一人で行うものですが、必ずしも一人ぼっちで行うものではありません。特に法科大学院にいらっしゃった人には、同じ教室・同じ自習室に志を同じくする仲間がいます。足を引っ張り合う競争相手だと思うのではなく、互いに切磋琢磨しあう仲間だと思うことが大事です。ライバルは本研究科の外にたくさんいます。せめて本研究科の中では、意見交換しながら、協力し合うことはもちろん、互いの答案を見せ合って、良し悪しを評価し合うようにすることが、結果的に、お互いの力量を高めることにつながると思ってください。   最後の3つめは、司法試験至上主義の陥穽に落ちないようにして欲しいということです。ここで司法試験至上主義というのは、司法試験以外は二の次、三の次であって、司法試験に合格するためなら、他のことは犠牲にしても構わないと割り切る姿勢のことを指します。確かに、法曹になるためには司法試験に合格しなければなりません。司法試験の難しさを考えると、とりあえずこれに合格することを第一に考えるという態度にも一理あります。しかし、司法試験至上主義に陥ってしまうと、法曹に不可欠とされる公共心や社会性をないがしろにする癖がつくおそれがあります。そのような人が法曹になっても、社会に求められませんし、法曹の権威に傷をつけかねません。   そういう次第で、皆さんには、司法試験至上主義に陥らないようにしながら、できるだけ団体活動を行って、この2、3年の期間を有意義に使って欲しいと願うわけです。大阪大学高等司法研究科は、教職員一丸となって、皆さんの学修を全力でサポートします。そして、卒業するときには、ここで勉強することができてよかったと思ってもらえるよう努めます。皆さんも、自分が社会に対してどのように貢献すべきか、自分の行いが次世代の人に対してどのように役立つのか、常に意識して振る舞って欲しいと思います。   4月は多くの人にとって人生再スタートのときです。新入生の皆さんも、法曹人生の良き一歩を踏み出して下さい。そしてずんずん前進してくれることを期待しています。どうかご健闘ください。

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2022/03/07
バトンタッチ

2022年2月14日に研究科主催の行事として、税法の谷口勢津夫教授の退職記念講義がありました。オンライン(Zoomウェビナー)講義を研究科長室から配信していただきました(写真1)。退職記念講義のオンライン配信は昨年度もありましたし、学会や研究会もウェビナーで配信の形式が多くなってきました。しかし、聴衆の顔が見えないイベントに私は、いまだに違和感を覚えます。それでも、配信を視聴してくれた人の数は100人を超え、そのことを谷口先生も喜んでくださったので、大成功でした。  谷口先生は、高等司法研究科の第3代の研究科長を2010年から2014年までの2期4年にわたって務められました。谷口先生が研究科長だった時期には、私は副研究科長だったので、「学生第一主義」を掲げた谷口先生の研究科運営のことにも触れながら、冒頭の挨拶をさせていただき、講義は真横で聞きました。研究生活を振り返りながら、「発展途上」の自分を語るという、味のある講義でした。  記念講義の司会進行役は、松本和彦教授が務めてくれました。松本先生は次期研究科長ですから、科長室に元、現、新の研究科長が顔をそろえることになりました(写真2)。3人とも一見強面ですが、目が優しいのが共通点でしょうか。  私の「研究科長室より」は、今回が最後になります。研究科長になったときに、この欄に月1回は記事を書く、という目標を立て、それは達成できました。もとより、日常の出来事や思いついたことを書き連ねた雑文ですから、この欄に書いたことが誰かの役に立ったのか、と問われれば心もとない限りです。受験生や外部に対する発信力を高めたいという目的も果たせたのかどうか。それでも在学生や修了生、職員の方々などが「読んでます。」と伝えてくれることがあって、これが支えになりました。  松本次期研究科長は、修了生からの発信を強化する新たな取組(動画配信)を始めておられます。私のささやかな取組は、新しい担い手に別の形でバトンタッチです。…とここまで書いたところへ、下村前研究科長が豊中キャンパスに来られました。下村先生から私、私から松本先生へとバトンは渡る、ということで、今回は下村先生との写真も添えておきます(写真3)。  1:谷口教授オンライン講義中  2:現、元、新研究科長そろい踏み  3:下村前研究科長と

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2022/02/07
ロースクールのBCP

1月下旬から2月の第1週にかけて、2021年度秋冬学期の期末試験が実施されました。コロナ禍のため、一昨年度から授業や期末試験の実施形態の試行錯誤が続きました。全面オンライン授業とした時期もありましたし、期末試験をオンライン試験(オンラインで監督をしながら、学生には手書きで答案を作成してもらい、それをPDF化して提出してもらう方式)としたこともありました。なるべく対面での授業を維持しようとする大阪大学の活動基準に従いながら、今学期は授業を対面で行い、体調不良などの理由で出席できない者にはオンラインでの受講を認めてきました。期末試験も対面で行い、体調不良で受験できなかった者にはオンライン形式で追試験を実施する形に落ち着きました。幸い、オミクロン株の感染急拡大の下でも、多数の学生に追試験を必要とする事態にはならず、ほっとしているところです。   今学期は学部の講義も一つ担当しましたが、対面で授業をしても、出席者はわずかしかいませんでした。それでも学部生の感染報告は相次いでいます。ところが、大学に居る時間が学部生よりもずっと長いはずのロースクールの学生には、今までのところ感染は広がってはいません。自習室や教室で感染対策に協力してくれた学生たちのおかげだと思っています。対面授業ができなかった2020年度はじめの状況に比べ、我々教員の側も学生たちも、パンデミック下においても教育活動を維持する方法を見出したのだと思います。これがロースクールとしてのBCPになっていると思います。   BCP(business continuity planning)とは、「災害などの緊急事態が発生したときに、企業が損害を最小限に抑え、事業の継続や復旧を図るための計画」をいいます(Wikipediaによる)。これをロースクールに引き直せば、緊急事態が発生したときに、その影響を最小限に留めつつ法曹養成のための最善の教育活動を継続するための計画、ということになるでしょうか。感染拡大という危機は、我々にとって初めての経験でしたが、災害や事故などは、いつ起こるか分からないものです。緊急事態の中でも、どうやったらロースクールらしい学びの場を維持できるかを考えておくことが重要なのだと思います。 早咲きの梅です

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2022/01/05
カラス?

年末に休みを長めに取ったので、休みの間に読書三昧の時間を過ごしました。暮れから正月にかけて読んだのは、『イチケイのカラス』のノベライズ版(上下巻、扶桑社刊)です。原作は刑事裁判官が主人公の漫画(浅見理都作、単行本1巻~4巻、講談社刊)で、昨年テレビドラマにもなっています。ノベライズ版では、末尾に配役が掲載されているので、ドラマの設定が前提になっているようです。裁判官の一人が女性になっていて、原作とは少し印象が違います。因みに、この作品の題名は、主人公の裁判官が所属する架空の地方裁判所の「第1刑事部(イチケイ)」の裁判官(黒い法服を着た姿)を指しています。漫画では、法服を着た裁判官の横顔とカラスの頭が並べて描かれていて、なるほど「カラス」だと思うのですが、女性の横顔だったら「カラス」の印象になるだろうかと思いました。   原作の漫画について、主人公の属する刑事部の部長のモデルが無罪判決を多く出し、しかも上訴でほとんど覆されることがなかった著名な元裁判官であることを聞いていたので、第1巻は買って読んでいました。ノベライズ版で残りを読んだ感じです。原作には刑事事件を多く手掛ける弁護士と元裁判官の法律監修が加わっていて、私の目からも安心して読めたのですが、ノベライズ版は用語が不正確だったり、設定に難があったりします。これはご愛嬌というところでしょうか。しかし、裁判所と裁判官に興味を持ってもらうための読み物としては、十分楽しめるでしょう。   この作品で描かれる裁判官には2つのタイプがあります。一方は事件を迅速に処理し、「赤字」(既済事件数が新受事件数を下回る状態)を出さないことを重視して、個々の事件に悩まない裁判官。もう一方は、時間や手間を厭わずに事件の真相に迫り、被告人にも被害者、検察官や弁護人などの事件関係者にも納得してもらえる判断をしようとする裁判官です。官僚的な裁判官と職人的な裁判官というとらえ方もできるかもしれません。一つの合議体の中で、タイプの違う裁判官が事件と向き合うところと、書記官などとのやりとりなど、面白い場面があります。肩の力を抜いて読んでみてください。  今年もよろしくお願いします。

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2021/12/06
大阪大学ツアー

11月13日に大阪府が「豊かな感性と幅広い教養を身に付けた、社会に貢献する志を持つ、知識基盤社会をリードする人材を育成する」目的で10の府立高校を選定したGLHS(グローバルリーダーズハイスクール)の生徒を対象にした大阪大学ツアーがありました。大阪大学ツアーについては、前にもこの欄で取り上げたことがあります(2019年12月4日付の記事)。昨年は高等司法研究科の入試日と重なったため、担当しませんでしたが、今年は2年ぶりに模擬講義を担当しました。大阪大学ツアーでは、高校の生徒向けに、大学の紹介に加えて、何人かの教員が模擬講義を行っています。今年は吹田キャンパスで工学部と薬学部、箕面キャンパスで外国語学部、豊中キャンパスでは法学部と理学部の模擬講義が行われました。  私の模擬講義は、これまで模擬法廷で行ってきました。模擬とはいえ、法廷という非日常的な空間に来てもらうだけで、受講者に強い印象を与えることができるからです。しかし今年は、新型コロナ対策のために広い会場が必要とされ、大阪大学会館の講堂で模擬講義を行いました。2階席まである広い講堂で、190人の生徒が参加してくれました。少し勝手は違いましたが、壇上で話をしていると、舞台俳優になった気分でした。  模擬講義のタイトルは、「人から話を聞き出す手法と証人尋問のルール-おとぎ話を題材にした模擬証人尋問-」というものです。「主尋問では誘導は禁止」、「反対尋問では誘導尋問もできるが、誘導の仕方を間違えると逆効果」といった簡単な説明だけをして、受講者に証人役、検察官役、弁護人役を演じてもらいます。いつも感心するのは、高校生の対応力の高さです。検察官役には「ストーリーをもれなく語ってもらえるように」と指示しておきます。すると、「門には閂がかかっていましたね」といった誘導尋問に対して、「異議あり。誘導です。」の声が弁護人役から出て、検察官役は質問を変えなければならなくなります。高校生でも案外簡単に「そのとき門はどうなっていましたか。」といった質問に変えてくれるのです。「聞き手が答えをコントロールしてしまわない」ために誘導尋問禁止のルールがあることを理解してもらうためにも、このように実際に質問を工夫してもらうことが効果的だと思っています。受講者からどんなアンケート結果が返ってくるか、楽しみです。    今年も干し柿を作りました 

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2021/11/04
2つの集い

10月末にあった2つの集いについて報告します。1つめは、10月26日に開かれた阪大法曹会の司法試験合格者祝賀会です。令和2年度は合格発表が遅かったことに加え、コロナ禍で集会が厳しく制限されていたために、阪大法曹会主催の祝賀会は中止になっていました。そこで今年は、令和2年度の合格者にも招待状が送られました。数は多くはありませんでしたが、関西で修習中の合格者も参加してくれました。  阪大法曹会は阪大出身の法曹で組織された会で、旧試験時代の阪大法学部出身の人たち、高等司法研究科の出身者、阪大法学部の出身で予備試験を経て、あるいは他大学の法科大学院を経て法曹となった人を分け隔てなく会員として迎えるという、懐の深い組織です(この点は阪大法学部の同窓会である青雲会も同じで、阪大と縁がある人を広く仲間に迎えてくれています)。  祝賀会は普通のパーティーの形式ではなく、会場に間隔を広めにとった机を並べ、まずお弁当をいただいてから祝辞や合格者たちの自己紹介を聞くというものでした。他大学の法科大学院を経た合格者の中に、私がかつて学部一年次生向けのセミナーで受け持った修習生がいたことや、弁護士になって数年たった修了生が新しい分野に挑んでいることを伝えてくれたことなど、我々の教育の成果を実感できたひとときでした。  2つ目の集いは、10月28日に開かれた「第2回部局との懇談会」です。9月に吹田キャンパスのレーザー科学研究所で研究活動に関する第1回の懇談会があり、10月は教育をテーマに、法学研究科・高等司法研究科との対話、ということで開催されました。総長、理事と我々部局側がそれぞれ簡単なプレゼンテーションを行い、その後意見交換をしましたが、法学系部局から観た教育の動向と課題ということで、特に留学生教育の問題と教育の成果等に関する情報発信を取り上げました。私からは、阪大法学部の優秀な学生を高等司法研究科に迎えることの重要性を話しました。  この2つの集いでは、阪大出身者の各分野での活躍を研究科の広報媒体を通して社会に発信する、という方針(手始めとして、先日発行したNEWSLETTERの23号で子ども向けの法教育の本を出した修了生を紹介しています)について話しました。阪大法曹会や大学の広報部門と連携しながら、発信力を高めていきたいと思っています。   合格祝賀会で挨拶 

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2021/10/05
2021年の秋

2021年度の秋~冬学期の授業が9月22日から始まっています。8月の中旬まで期末試験の採点や模擬裁判があり、個人的な事情ですが、持病の胆石の手術のための入院というハプニングがあったために、今年は休みらしい休みがない夏休みでした。いつの間にか季節は秋、という感じです。  秋は、いろいろな行事が目白押しです。9月11日には、2022年度入試の特別選抜試験(他学部・社会人、グローバル、法曹コース5年一貫型)がありました。法曹コース5年一貫型では、阪大法学部の法曹コースで学んでいる優秀な受験者が本研究科を受験してくれました。志願者数は想定を下回りましたが、来年春には、新しい制度を経た入学者を迎えることになります。  9月24日には、秋季卒業式が吹田キャンパスのコンベンションホールで行われました。高等司法研究科の修了生は4人で、そのうち3人が大学全体の式典にも参加してくれました。午前中の吹田での式典のあと、午後には豊中キャンパスに戻り、研究科長室で研究科としての修了式を行いました。学位記を渡したあとで、大学の式典にも参加してくれた修了生3人と少し話をしました(写真左下)。打ち合わせなどを別にすれば、研究科長室で人と会うのも久しぶりでした。    9月30日には、今年の司法試験合格者による在学生向けの報告会が開かれました。今年は合格者の話を出席者全員が聞く、という方式でなく、3つの少人数のグループに分かれて、合格者が各グループを回って話す方式でした。同じ話を3度してもらうことになった合格者3人には、この場を借りて感謝の意を表します。    10月3日には、青雲会(法学部同窓会)の総会がありました(写真右下)。新型コロナの影響で、昨年にひき続いて7月の予定が延期され、総会と講演会のみの実施となりました。講演会の講師は公益財団法人日本生命済生会の三木章平氏と日本生命病院の笠山宗生氏(いずれも阪大OB)。演題は「ウィズコロナの時代をどう生きるか」というものでした。三木氏からは、少子高齢化が急激に進行する中での「健康寿命」の重要性を、笠山氏からはコロナ対応に追われた病院の実状などを伺うことができました。病後の私には、生活習慣を見直さなければいけないことを再確認する機会にもなりました。   左:9月修了の修了生と/右:青雲会総会

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2021/09/08
司法試験の結果について

9月7日に司法試験の合格発表がありました。今年の受験者は、3,424人で、そのうち短答式試験の合格者が2,672人、最終合格者が1,421人という結果でした。阪大の修了生は、115人が受験、短答式試験の合格者94人(短答式の合格率81.74%)、最終合格者47人(合格率40.87%)という結果でした。この結果は、合格者数(昨年34人)、合格率(昨年37.78%)ともに昨年を上回るものでした。また、特筆するべきは、直近修了年度(令和2年度)の修了生の合格率が2年続けて50%を超えたことです。ただ、逆に4年目、5年目の受験者に合格者がなかったことは残念でした。この結果を分析し、今後の修了生に対する支援に繋げていきたいと考えています。  さて、合格した修了生の皆さんには、お祝いを申し上げます。今年は、昨年のような試験日程の変更はありませんでしたが、コロナ禍の中での受験という点では、昨年同様、様々な困難があったことと思います。私たち教員にとってこの1年は、対面授業を維持したおかげで、在学生には今まで通りに接することができたものの、修了生の顔を見る機会は少なくなり、結果を心配しながら待っていたところでした。ともに祝杯を挙げることは、時節柄できませんが、祝意は変わりません。  司法試験について、研究科としての当面の目標は、短答式の合格率80%、最終合格率50%に置いていましたので、今年は短答式で目標を上回りました(それだけに、最終合格者がもう少し伸びることを期待していましたが、それは叶いませんでした。)。来年は、今年不合格だった人の頑張りを期待し、この目標に近づき、上回ることを目指したいと思います。

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2021/08/05
採点

2021年度の春夏学期の期末試験が終わりに近づいています。今学期は、大阪府に「緊急事態宣言」が発せられる中でも、感染拡大を招かないよう注意を払いつつ、何とか対面授業を維持することができました。しかし、昨年の春夏学期と違って、期末試験は対面で実施せず、オンラインで監督をしながら、学生には手書きで答案を作成してもらい、それをPDF化して提出してもらうという方式でした。  先日、私が担当する2年次の刑事訴訟法の授業でも期末試験を実施し、オンラインでの監督をしました。普段の授業では、私も学生たちもマスクを着けていましたので、試験監督のときにはじめて素顔を見た学生が多くいました。受講生の方もそう感じたのかもしれません。教室では、私も一度もマスクを取ることはなかったからです。今学期は、感染に不安を感じる「要配慮」学生はオンデマンドでの受講でした。1度も授業に出席しない学生もいましたので、15回の授業すべてをオンライン受講した学生は、マスク顔どころか、本当に顔を見たこと自体が、試験のときが初めて、ということになりました。  試験は無事に終わったのですが、採点がなかなか大変です。まず、答案をPDF化するときの「技術」にばらつきがあり、ピンボケ、答案用紙が波打ったまま写っていて、激しく文字がゆがんでいるもの、背景が写りこんでいて、ページがかなり縮小されてしまうもの、天地が逆だったり、ページの順番がおかしいものなど、プリントアウトして採点準備をするだけでも一苦労、おまけに文字自体の判読が難しい答案などが続出しているのです。  それに加えて、今年特に目立つのが、大幅な抹消や順序の入れ替え指示などで、答案自体が汚くなったものが多かったことです。試験の直前に配布したプリントには、「何をどのような順序で書いて、結論をどうするのかをあらかじめ決めておく」のが答案構成で、「答案構成は答案の出来を左右する。」、という注意喚起を書いておいたのに、それができていないから「汚い」答案になるのだろうと思います。採点をしながら、授業やプリントなどで注意したことが伝わっていなかったのだなあ、と嘆息している次第です。期末試験は、受講生の学習到達度を評価するためのものですが、同時に教員の側の教え方、伝え方の適否を測る機会でもあります。来年度以降、さらに学生への伝え方を工夫したいと思っています。 オンライン試験監督実施中  

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2021/07/05
自分の言葉で

6月19日に日弁連と法科大学院協会の共催で「法学未修者教育に関するシンポジウム」がオンラインで開かれました。このシンポジウムでは、法科大学院の教員から授業の実践例等について報告がありました。 報告者は、東北大学の成瀬幸典教授(刑法)、北海道大学の池田清治教授(民法)、神戸大学の田中洋教授(民法、法文書作成)、一橋大学の只野雅人教授(憲法)の4人でした。 各登壇者が共通して語っていたのは、未修1年次の授業を通して、予習や授業によって基礎知識をしっかりとインプットすることに加え、学んだ知識を自分の言葉で説明する(書く)力をしっかりと身につけてもらう必要がある、ということでした。基礎知識のインプットに関しては、身につけさせるべき「幹」を重視し、1年次では「枝葉」にはあえて触れず、それは「2年次以降に学べばよい」というメッセージを学生に伝えることの重要性も指摘されていました。自分の言葉で説明する、書く、ということに関しては、修了生(補助教員)による指導に期待する発言が多かったことが印象に残っています。 未修者の中でも、とくに初めて法律を学ぶ人にとっては、「基本書を読め」とか、「この事項を予習せよ」とか言われても、そのやり方が分からない、という戸惑いがあるでしょう。そこで、中教審の法科大学院特別委員会が取りまとめた「法学未修者教育の充実について」においても、学修者本位の教育の実現が謳われています。未修者が何に躓いているのかを的確に把握し、学び方も含めて丁寧に指導することが必要だ、ということです。  高等司法研究科においては、他学部出身者や社会人経験者を含む少人数のグループを弁護士アドバイザーが指導する再チャレンジ支援プログラムを行ってきました。また、個々の学生の学習状況を確認する場として、コンタクトティーチャーによる定期面談もあります。これらによって、個々の学生のニーズに応える学習指導の体制は整っています。このことが比較的高い未修者の司法試験合格率にも現れていると思っています。しかし、それでも直近修了生の合格率や累積合格率で見ると、既修者と未修者では大きな開きがあります。この差を埋める努力が我々教員に求められていることになります。 課題は、学んだ知識を自分の言葉にして文章に書き、他人に説明できるようにすることです。この力を鍛えるには、まず双方向授業で学生に答えてもらう際に、単に資料や教材を読みあげるのではなく、端的に質問に答えるように促すことが必要です。自分の言葉で書く力を身につけてもらうには、答案の形で文章を書かせ、添削指導をする、あるいは学生同士で他の答案と自分の答案を比較検討させるという方法が有効です。これらは、私自身が自分の授業で実践していることですが、「自分の言葉で説明する」力が十分ではないのは、未修者だけではありません。入試の法律科目試験をパスして入学した既修の学生でも、丸暗記した論述パターンをそのまま書くことしかできない人が少なくないのです。 自分が考えたことを的確に文章にする力は、法曹だけでなく、すべての社会人に求められます。その力を法科大学院在学中に身につけてほしい。そんな思いで毎年続けている添削指導ですが、これを受けた学生に赤を入れた修正点やコメントの意味がしっかり伝わっているだろうか。春~夏学期の期末試験も近づいてきたので、そんなことが気にかかっています。 今年の梅酒はブランデーベース  

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2021/06/03
学生の声を聴く

昨年経験したオンライン授業は、学生同士、あるいは学生と教員との交流が少なくなったことが大きな課題でした。授業の前後に教員を捕まえて質問するという、それまで当たり前だった機会もなくなってしまったのです。そこで私もオンラインのオフィスアワーを定期的に設けてはいました。それでも、参加者は少数の同じメンバーに限られていて、学生との接点が極端に少なくなっていたと思います。  これに対して、今年は対面授業を維持しています。5月に入って、学生も授業に慣れてきたのか、質問に来る人も増えてきました。5月の後半からは、コンタクトティーチャーの定期面談も始まっています。昨年はリモートでの面談が多かったので、どうしてもじっくりと話を聞くことができなかったように思います。そこで、面談をした2年生、3年生には、「去年と比べてどうですか?」と尋ねています。ほとんどの学生が「去年は友達ができなかった。」、「自分が授業についていけているのかが分からず、不安だった。」などと答えているのが印象的です。オンライン授業中心の去年の状況が、いかに学生を孤立させていたのかを、改めて知りました。  また、5月の第2週に実施された授業改善アンケートが返ってきたので、自由記載欄に書かれた意見や感想を読んでいます。これも文字に書かれたものではありますが、学生の率直な声を聴く機会です。昨年は、録音状態が悪いなどの技術的な問題への指摘がほとんどでした。今年も感染への不安から登校できない学生や体調不良の学生は授業の録画をオンデマンドで視聴しているので、質問に答えている受講生の声が聞こえない、といった指摘はあります。それよりも特徴的なのは、授業に出席しているからこその意見や注文が多いことです。昨年は受け身で授業を視聴することが多かったのに対して、今年は教室で時間と空間を共有しているので、より積極的な意見が出されているということでしょう。  6月3日には、昨年度の成績優秀者の表彰式を行いました。そこでも受賞者と懇談の機会を設けました。困難な状況の中で学習成果をあげた受賞者の話は、私たち教員にとっても参考になるものでした。 受賞者との懇談の様子  

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2021/05/06
教室での授業を維持するために

大阪に3度目の緊急事態宣言が発令される中で、ゴールデンウィークに入りました。昨年の今頃は、学生はキャンパスに立ち入ることができず、私たち教員も初めて経験するオンライン授業への対応に大わらわで、とても連休で一息つく、という感じではありませんでした。それに比べると今年は(新型コロナウイルスの感染状況は昨年の同じころよりも深刻ではあるのですが)、少し余裕があるように思います。とりあえず新学期が対面授業を中心に始まって、学生との直接的なやりとりに充実感を感じられていることが心の余裕につながっているのかもしれません。また、感染を防ぐためにどのような方策が有効なのかが、ある程度分かってきたことも大きいと思います。   しかし、安心してはいられません。今のような対面授業を維持していくためには、教室内での集団感染の発生など、大学を封鎖せざるを得ない事態を何としても防がなければならないからです。そのためには、教職員も、学生も、あるいはその周囲の人達も、自分が万一感染していたことを想定して、「感染させない」対策を取ること、そして自分が「感染しない」行動様式をとり続けることが必要です。    前者としては、他人と会話する場合や室内で複数人が一定時間以上過ごす場合には、常時マスクを(鼻と口を覆う正しい方法で)着用すること、体調が悪いときは他人との接触を回避すること(この場合、授業は休んでくださいとお願いしています)が必要です。後者としては、マスクを着用するだけでなく、感染リスクの高い場所に行かないことが最も意味がある行動です。大阪大学の関係者で、感染が確認された例のほとんどが学外の飲み会が感染機会だったと報告されています。今のところ、感染対策を取ったうえで使っている教室や自習室は感染の場にはなっていません。いわゆる「3密」回避は、昨年から言われている対策ですが、最近になって強調されるようになってきたこととして、3つの「密」が重なるときだけに感染リスクが高まるのではない、ということがあります。教室や自習室でも、換気、人との距離の確保、大声での議論を控えることなどを常に意識してほしいと思います。   本研究科に関係するすべての人に「感染させない」、「感染しない」対策をし続けることで、法科大学院教育の質を維持できるよう、協力をあらためてお願いしたいと思います。 

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2021/04/07
入学式

4月6日に大阪城ホールで大学の入学式がありました。高等司法研究科の実質的な入学式は、4月1日の新入生オリエンテーションで行いましたので、高等司法研究科の入学生にとっては、大学全体の入学式は任意参加という感じだったでしょうか。あるいは、すでに5日から授業が始まっていますから、新入生もそれどころではない、ということだったでしょうか。実際、大阪城ホールの高等司法研究科の新入生席には、あまり学生が座っていませんでした。高等司法研究科の入学式は、研究科長挨拶と来賓挨拶のみの極めて簡素なものでしたので、大阪大学の入学式の雰囲気をお伝えしておきます。  今年は、令和2年度の入学式が中止になったため、2年分の入学式を1日で挙行するという形になりました。午前中が2021年度の新入生のための入学式、午後は入学式が中止になった2020年度の入学者のための式典でした。ただし、保護者の出席はなし、席も間を空け、出席者は新型コロナウイルス接触確認アプリ(COCOA)のインストールを求められるなど、新型コロナウイルスの感染防止対策はかなり徹底していました。それでも、午前の出席予定者が4,400人、午後が3,100人強とかなりの人数で、壇上からみていると壮観でした。  式の内容は、ウェルカム・ムービーの上映に始まり、大阪大学交響楽団の演奏、総長、理事、部局長が壇上にアカデミック・ドレスを着用して着席、入学生宣誓(学部、大学院)、総長告辞、その後学生団体による演奏(交響楽団、混声合唱団、男声合唱団)と演舞といった流れでした。式の雰囲気を盛り上げるために音楽の演奏があるのは珍しくありませんが、応援団による演舞があったのが目新しいところでした(3月の卒業式でも応援団の演舞があり、これは今年から取り入れられたもののようです)。壇上に巨大な団旗が立つ演舞は、バンカラの名残があって楽しめました(2度あったのは食傷気味でしたが)。  午前の部と午後の部の間に2時間ほど時間があったので、大阪城公園の中を少し散策しました。桜(染井吉野)の花はすでに散ってしまい、代わりに新緑がまぶしい陽気でした。  時間的に天守閣に登楼するのは無理でしたが、巨大な破風が目立つ天守閣を間近にみたのは、小学生のとき以来。大阪という都市の大きさを象徴する建物だなあ、と改めて思いました。  以上、入学式の報告です。 2年分の入学式の看板と青屋門から覗く天守閣

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2021/03/08
半歩前へ

2020年度秋~冬学期の授業や試験が終了し、年度末を迎えようとしています。先日の今年度最後の教授会(1年ぶりの対面での会議でした)では、修了判定、進級判定が行われ、在学生の皆さんにとっては、次のステップに進む人、もう一年足踏みをせざるを得ない人が分かれました。例年と比べると、修了不可、進級不可となった人が少し多くなっているように思いました。今学期は、春~夏学期に比べれば、対面授業で学生の皆さんと顔を合わせる機会が増えましたが、まだまだ学生同士、あるいは学生と教員の間のコミュニケーションが不足しているように感じています。それがこのような結果に結びついたのではないかと危惧しています。  今学期は、各学年の必修科目の一つと録画可能な教室等の手配ができた科目だけが対面授業で、あとは引き続きオンライン授業となりました。学生たちが最低でも週一回は大学に集い、交流ができるようにしたいと考えて対面授業を再開したのですが、11月からの感染の急拡大と、大阪府に2度目の緊急事態宣言が発出されたことも重なって、対面授業の出席者が学期の後半になるにつれて減っていく現象がみられたことは、やや残念でした。  4月からの新学期の授業は、対面授業を基本としつつ、2020年度において実践し、工夫を重ねてきたオンライン授業の強みを生かす動画等の配信や学習指導(オンラインでのオフィスアワー)などを組み合わせていきたいと思っています。  新型コロナウイルスの感染は、いまだ終息したとは言えませんから、また緊急事態宣言発出、という事態に至る可能性はあります。そのときには、再度オンライン授業を多く用いることになるかもしれませんが、私たちには今年度の経験があります。これを活かして、半歩ずつでも前に進んでいきたいと思っています。 我が家の庭の白梅が咲きました  

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2021/02/02
司法試験の結果について

2021年1月20日に司法試験の合格発表がありました。今年度の司法試験は、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で試験の実施が5月から8月に延期されるなど、受験者には例年にない困難な状況がありました。この困難な状況の中で合格された方々には、法科大学院教育に携わる者として、心からお祝いします。 全体について結果を見ると、受験者3,703人に対して合格者1,450人、合格率は39.16%(法科大学院修了者の合格率は、32.68%)でした。高等司法研究科の修了生については、受験者90人に対して最終合格者が34人、合格率では37.78%という結果で、昨年の実績と比較すると、合格者数、合格率ともに低下しました(昨年は合格者46人、合格率41.07%でした)。昨年の結果を受けて、上位校に伍するための目標として、短答式試験の合格率で80%以上、最終合格率で50%を超えることを目指していたので、いずれも目標に達しなかったこの結果を重く受け止めています。  今年の結果について少し分析的に見てみると、昨年と比較した今年の特徴としては、次のようなことが言えると考えています。まず、阪大の修了者の受験者数は、昨年の112人から90人に減少しました。これは、直近年度(2019年度)の修了生が45人と少なかったことが原因と考えられます。ただ、2018年度の修了者も40人で、直近年度の修了生の減少ということ自体は、昨年度と同じです。それでも昨年の合格者数が46人であったのは、過年度の修了生の合格者が28人あったことによる押上げ効果があったからでした。今年は、過年度の修了生の合格者は11人に留まっており、これが合格者数の減少の主な要因と考えられるのです。直近修了年度の受験者は、昨年が39人、今年が44人で、そのうち合格者は昨年が18人(合格率46.15%)、今年は23人(合格率52.27%)ですから、直近年度の修了者に関しては、合格者数、合格率ともに昨年より良かったといえるのです。  以上のことから、2つのことを在学生や修了生の皆さんにお伝えしておきます。 まず在学生の皆さんへ。授業で学んだことをしっかり身につけることが合格への近道です。直近の修了生のうち、修了時の成績が上位20位までの人は、16人が合格しています。在学中に頑張った人が合格の栄冠をつかんでいるのです。また、短答式試験の合格率がなかなか80%を超えることができない原因としては、基礎を固める学習が十分でないことを示しています。授業への取組と並行して、短答式試験を意識して、条文、判例を満遍なく頭に入れる反復学習を続けてください。 修了生で、来年度の司法試験を受験する予定の人には、もう一度、仲間と一緒に学ぶ体制を築き直してください、とお願いしておきます。高等司法研究科では、修了生向けに、弁護士アドバイザーによる「修了生勉強会」という取組をしています。これは数人のグループにOB弁護士が指導するもので、このグループが「みんなが合格するまで一緒に頑張ろう。」という雰囲気を作ってくれるからです。

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2021/01/05
書初め

2021年が始まりました。2020年の一年は、コロナ禍のうちに過ぎ去ってしまいましたが、今年はそれを乗り越え、未来を展望できる年になることを願っています。  さて、年の初めの楽しみの一つに年賀状があります。普段会わない人からの便りは心温まるものです。これを印刷したものだけで済ませたのではつまらないので、例年、年賀状の表書きだけは毛筆で書いています。葉書を書くために年末から筆と硯を出してあるので、ときどき、年始に書初めもしています。  今年、書初めとして書いた文字は、「灋」。法律の「法」の旧字です。学部生のころに、ある先生が授業の最初の頃にこの字を板書され、字の由来を説明しておられたのを聞いた記憶があります。この字のことは長い間忘れていたのですが、2年ほど前に、中国人民大学でのシンポジウムに参加した際、校舎のロビーに掲げられたレリーフの中にこの字が書かれているのをみて、学部生の時の記憶が急に蘇って、いつか書いてみようと思っていました(1の写真がそのレリーフの文字です)。  漢和辞典で調べてみると、字の成り立ちは、標準、あるいは公平の意味の「水」(さんずい)と神獣(つくりの上部)、退ける(つくりの下部の「去」)の会意で、神獣の聖断で悪事を取り去る「のり」の意味だそうです(『角川新字源』による)。今の字では、さんずいと「去」だけが残っています。元の意味が全く分からないほどに省略されてしまっていることになりますが、由来を尋ねてみると、漢字文化の奥深さをあらためて認識できます。画数が多くて、バランスをとるのが難しい字ですが、何度か練習して、2の写真の字が出来上がりました。コロナ禍も神獣が取り去ってくれますように。 1 2

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2020/12/02
青雲会総会に参加しました

11月28日(土)に青雲会(大阪大学法学部同窓会)の総会がありました。  私も法学部の卒業生(1984年卒業で、卒業期は32期になります)ですし、高等司法研究科長として招待もされていましたので、参加してきました。この総会は、本来7月に開催される予定でしたが、新型コロナウイルス感染拡大を受けて延期となっていたものです。  第1部の総会の方は、2019年度の活動報告と決算、2020年度の活動方針と予算の承認といった型通りのものでしたが、第2部の講演会が大変興味深いものだったので、紹介しておきます。講師は、日立造船(株)相談役の古川実氏(阪大経済学部の卒業で、経済学部の同窓会会長もされていたそうです)。演題は「陸(おか)に上がった日立造船」*というものでした。 *同名のビジネス書があります(岡田晴彦著『陸に上がった日立造船』2013年ダイヤモンド社)。  日立造船が阪大の工学研究科と「Hitz協働研究所」という共同研究の取組を行っていることは、以前から知ってはいました。もっともこれは、智適塾の活動報告の中で、この協働研究所に関する案件について側聞していたからこそで、法科大学院の一教員として過ごしているだけでは知り得ないことでした。しかも、私の認識は、これまでは、造船会社が経営の多角化のためにバイオ産業に手を広げている、という程度のものに過ぎませんでした。古川氏の講演を聴いていると、この会社の変化は、そんな生易しいものではありませんでした。演題が「陸に上がった」となっているのは、日立造船が現在、造船事業からは、資本面も含めて全く手を引いていることを前提にしたものでした。造船業界が韓国や中国との競争に勝てなくなり、合併と統合による生き残りを迫られる中で、日立造船という会社は、社名には「造船」の名を残しているものの、造船業界から完全撤退していたのです。環境事業を中心とする会社へと姿を変え、「陸に上がった」日立造船は、当初は造船技術の派生事業として大型プラント製造を手掛け、それがごみ発電(Energy from Wasteの略でEfWというのだそうです)などの開発につながっていった、というのです。この会社の変化についてのストーリーは、ダイナミックで聴きごたえがありました。環境事業へのシフト、そしてそれをさらに発展させていこうとする方向性が、この欄で先月取り上げたSDGsを強く意識したものだったことも印象的でした。  ポスト・コロナの社会では、事業の方向転換を図ることで、コロナ禍による事業存続の危機を生き残ろうとする企業の模索が続くでしょう。高等司法研究科は、養成する法曹像の一つに、商都大阪を支える「ビジネスロイヤーの育成」を掲げています。これは単に「お金儲け」を目指すということではありません。困難な時代にあっても、持続可能で活気溢れる企業活動を支える法曹になってほしい。そう願っているのです。 秋の楽しみの一つ。干し柿作りをしました。

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2020/11/09
ロースクールとSDGs

 Sustainable Development Goalsは、2015年9月に国連サミットで採択された国際目標です。SDGsでは、「誰一人取り残さない」持続可能で多様性と包摂性のある社会の実現のため、2030年を年限とする17の国際目標が掲げられ、その下にさらに169のターゲットが設定されています。大阪大学でもSDGsを意識した教育研究活動を推進する大学全体の方針が定められ、現在、各部局に各目標を意識した活動の報告が求められています。そこで、「持続可能な開発目標」について考えてみました。  ロースクール全体に関係しそうなのが、ロゴを示した目標16です。この目標は、「持続可能な開発のための平和で包摂的な社会を促進し、すべての人々に司法へのアクセスを提供し、あらゆるレベルにおいて効果的で説明責任のある包摂的な制度を構築する。」と説明されています。ロゴは、公正な司法を象徴する槌(gavel)と平和を象徴するオリーブの枝をくわえた鳩が組み合わされたもので、この目標の下にさらに12のターゲットが定められています。そのうち、16.3は、「国家及び国際的なレベルでの法の支配を促進し、全ての人々に司法への平等なアクセスを提供する」です。このターゲットに最も寄与し得るのは、言うまでもなく法律家でしょう。権利を侵害され、傷ついた人に寄り添い、その権利の実現と回復を手助けする法律家がいなければ、社会は強者の力によって支配されるものとなってしまうからです。法の支配の貫徹のために、法律家の役割は極めて重要なのです。そのことを大学全体で認識してもらうために、高等司法研究科のカリキュラム自体がSDGsの目標16と「すべての人々に包摂的かつ公平で質の高い教育を提供し、生涯学習の機会を促進する」ことを掲げる目標4に適うものである、と報告することにしました。  法律家は、貧困や飢餓、環境破壊などの問題を直接解決することはできないかもしれません。しかし、弁護士法1条1項が規定するように、法律家は「基本的人権を擁護し、社会正義を実現する」ために働くのです。その仕事によって、すべての人が安心して暮らせる社会を実現することが可能になるとすれば、法律家はSDGsがめざす将来の社会のために求められている存在だと言えます。ロースクールで学ぶことには、そんな意味もあるのです。 豊中キャンパスの銀杏も黄色く色づきはじめました。

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2020/10/06
秋季卒業式

秋です。10月に入ってようやく、朝晩に涼しさを感じるようになってきました。  秋冬学期からは、部分的に対面での授業ができるようになりましたから、私自身も9月23日から8か月ぶりに教室で学生を目の前にして授業をはじめています。Zoom等のテレビ会議システムを使った授業でも、学生の顔は見えるのですが、臨場感は教室での授業の方が格段に勝ります。感染予防の手立てを講じながら、大学の日常を取り戻していくことが必要だと考えています。  その一例ですが、9月25日に秋期卒業式が吹田キャンパスのMOホールでありました。卒業式では、研究科長は総長、理事とともに、式服(アカデミック・ドレス)を着用します。今年は3月の卒業式、4月の入学式が中止になったので、これを着る機会も1年ぶりです。式服は、黒いローブと角帽(モルタルボードというのだそうです)からなります。この式服、日本の国立大学では、大阪大学が1992年(平成4年)6月19日から用い始めたのが最初だそうです(ウィキペディアの解説による)。学位を授与される人が着用するという考え方もあるようですが、大阪大学では授与する側がこれを着て壇上に並ぶ、という式のスタイルです。  なお、この日の午後には、豊中キャンパスに戻り、研究科長室で高等司法研究科の修了者に対する簡単な授与式を行いました。9月修了者は5人で、そのうち3人に学位記を直接手渡すことができました。私からは、9月修了者は、修了から司法試験受験までの期間が半年長いというメリットもあるのだから頑張ってほしいという激励とともに、お祝いの言葉を伝えました。  

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2020/09/03
対面授業とメディア授業

高等司法研究科では、9月の第4週から、秋~冬学期の授業が始まります。全面的にメディア授業だった春~夏学期と違い、感染対策(教室の換気、消毒、入室者数制限、マスク着用など)を講じたうえで、教室での授業(対面授業)ができることになりました。ただし、対面授業をする場合には、感染リスクのある(あるいはその不安がある)学生のために、授業の録音・録画を配信できるようにすることと、対面授業に参加できない学生が対面授業に参加した学生に比べて不利にならないような指導体制が求められています。さらに、新型コロナウイルスの感染拡大によって学生の登校が禁止され、対面授業が実施できなくなった場合には、メディア授業に移行することができるようにしておくことが求められているのです。  対面授業とメディア授業が混在することになると、もう一つ問題があります。対面での授業の前後にメディア授業が入っていると、空き教室や自習室をWIFIのアクセスポイントとして利用してメディア授業を受けざるを得ない、ということです。すると対面授業がある日は、学生が結局終日大学に留まることになり、「3蜜」の状態が生じ得るのです。すでに教室の収容人数を減らし、昼休みを30分延長して食堂の混雑を緩和するなどの対策は取られています。しかし学部生も含め、多数の学生が登校するのが10月以降であるため、これで十分なのかどうかは分からないのです。  学生たちが教室に集い、教員と学生、あるいは学生同士の対話によって学びを深めていくのが、大学教育の本来の姿です。ただ、今年の春~夏学期のメディア授業の経験は、それを犠牲にしてもできる教育がある、ということに気づかせてくれました。授業を繰り返し視聴することが可能である点で、メディア授業には、対面授業にはないメリットがあるかもしれません。  ワクチンや治療薬の開発によって新型コロナウイルスの問題が収束しても、メディア授業を活用する、という選択肢は残るでしょう。対面授業とメディア授業(同時双方向方式、またはオンデマンド方式)のハイブリッド(本研究科の教務委員長の命名です)は、今後の法科大学院の標準的な教育方法になっていく可能性があります。大阪大学全体においても、このような対面授業とメディア授業を組み合わせた教育方法を「ブレンデッド教育」と呼んで、次期の中期計画に盛り込んでいくのだそうです。専門職養成のための教育に特化した研究科として、この動きを先導するような存在でありたいと思っています。

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2020/08/07
かかるところてん

いま、高等司法研究科では、2020年度春~夏学期の期末試験が行われています。他の学部・研究科では、オンライン試験となったため、試験期間でもキャンパス内に学生の姿はまばらです。しかし、高等司法研究科では、多くの科目で、通常の筆記試験を行っています。司法試験に向けて、限られた時間内に答案を書くことが重要だと考えたからです。  学年暦では、7月27日から8月7日までが試験期間でした。この記事が掲載される頃には、期末試験は終わっているはずだったのですが、期末試験についても、with Corona の対応をしています。教室を分散して感染対策を講じながら、体調のすぐれない人や感染リスクを感じる人に対応するため、教室での試験に加えて、オンライン試験(追試験)を行うことになったのです。一年次開講科目の試験をお盆明けにずらし、追試験の機会を保障したりするため、8月下旬まで分散した形で期末試験が続きます。  今学期は、オンライン授業が最後まで続きました。教員の側からすると、授業で伝えたことの成果が答案に現れているかどうか、例年以上に気になるところです。私の担当科目では教室での期末試験が終わったので、早速採点を始めたところです。今年は、授業での対話が失われた分、課題の添削に力を入れ、答案の書き方についても指導を強化してきたつもりでした。それなのに、例年と変わらず、「かかるところてん」答案が多いな、と感じています。  「かかるところてん」とは、「かかる~」、「~であるところ」、「この点」という答案によく現れる癖をつなげたものです。まず「かかる」は、本来「斯くある」という連体詞で、現代文ではほとんど使いません。ところが答案では、「かかる行為は…」などと、しかも1通の答案の中で繰り返し使われています。文章のトーンが文語調であればともかく、「この行為」と書けばいいのに、と思うのです。次に「~であるところ」という文のつなぎ方です。この言葉は前の文が後ろの文の前提条件なのか、単なる前置きなのか、留保なのかが曖昧で、文章の論理性を損ねていると感じます。最後に「この点」です。前の段落で複数のことを指摘しているのに、段落を改めて、「この点」とか、「思うに」と書き始める例が目立ちます。このとき、「この」が何を指しているのか、何を「思って」いるのかが分からなくて、もう一度前の部分を読み返さなければならなくなるのです。  なくて七癖、と言います。私の文章にも癖があることは自覚しています。「かかるところてん」が気になるのも、私の好みの問題かもしれません。しかし、論理的で読み手にとってわかりやすい文章を書く、という意識は、常に持っていたいものです。学生諸君は、今学期の答案が返却されたら、自分の文章を読み返してほしいと思います。

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2020/07/06
学期末です

“With Corona”が求められる状況の下で、今学期の授業も終盤を迎えています。私自身、パソコンに向かっての授業や会議にも慣れてきました。教室での授業と違って、オンデマンドの教材を作る場合には、「撮り直し」、「やり直し」が効くこともあって、当初よりも授業に手間をかけるようになっています。それでも、教室で学生を前にして授業をするのとは違って、楽しくはないなあ、というのが実感です。  緊急事態宣言の解除以降、大学も平常化へのプロセスを段階的に進めています。7月1日からは、対面授業が認められる範囲が拡大され、キャンパスに学生が戻ってきつつあります。パソコンの画面上でしか顔を見ていなかった新入生と実際に対面して、「初めまして」などと妙な挨拶を交したこともありました。学生が大学に出てこられる状況にはなったので、例年5月に行っていた前年度の成績優秀者に対する表彰式を6月26日に実施しました。研究科長室に学生を迎えたのも、今年度初めてでした。そのときの写真を掲げておきます。  この表彰式の際には、短い時間でしたが、成績優秀者との懇談の時間も持ちました。その中で、例年は特待修了生にやってもらっていた新入生向けの期末試験に向けた学習相談会の話題も出ました。今年の司法試験の実施は8月に延期されました。自習室の利用が制限される中で、司法試験を受験する修了生たちは、今、まさに司法試験直前の準備期間にあります。とても後輩たちへの指導をお願いできる状況ではありません。そこで、今年は在学生(2年生、3年生)が新入生のための学習相談会を実施してくれるというのです。自身の期末試験準備もある中で、後輩のために一肌脱いでくれるということですから、ありがたい申し出です。新入生は、法科大学院の対話型の授業を教室で受けることができないまま、期末試験に突入することになります。学習面での不安や戸惑い、一緒に学ぶ仲間との交流が極端に少ないことへの不満などが溜まっていることだろうと思います。この学習相談会の機会をぜひ積極的に利用してほしいと思います。  “With Corona”は、今まで通りでない、新しい日常を構築する機会だと前向きにとらえ、「中止」、「延期」でない別の方法を工夫していきたいと思っています。

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2020/06/08
初夏です

学生がキャンパスに集うことができない状態が3か月目に入りました。授業だけでなく、会議もテレビwebを使って行うものが多くなり、研究科長としての仕事も様変わりしています。昨年は、研究科内の会議など、用事のある時にしか研究科長室には居らず、大学に来ていても、教室と研究室で過ごす時間がほとんどでした。しかし、研究室のパソコンにはウエブカメラをつけていないため、4月以降は、授業の録音・録画や教授会などの会議のために、カメラ付きのパソコンが置いてある研究科長室にいることが多くなりました。ごくたまに事務職員の方が科長室に顔を出されることがあるので、そのときは少しだけ人と面と向かって話をしますが、それ以外は人と直接話をする機会もほとんどなくなっています。吹田キャンパスでの会議に出向くことも少なくなりました。研究科長室は、来客があったときに学外からのお客さんをお迎えする部屋でもあるのですが、来客もずいぶん少なくなっています。という次第で、他に人のいない研究科長室で、パソコンやICレコーダーに向かってしゃべっているという妙な状況です。  ところで、延期されていた司法試験が8月に実施されることが決まりました。これから梅雨と、梅雨明けの暑さがやってきます。そんな季節に試験直前の最も集中力を必要とする時期の勉強を続けなければならない修了生の皆さんには、この場を借りてエールを送ります。例年であれば、自習室を利用する修了生と顔を合わせる機会があったので、試験直前には激励し、試験の後は受験した感想を聞く、という機会もありましたが、今年はそれも叶いません。そこで、「皆さんには阪大で学んできた経験が必ず力を与えてくれます。それを信じてあと2か月、走り切ってください!」  新型コロナウイルスの影響で仕事の仕方はずいぶん変わりましたが、季節は例年と同じようにめぐってきます。例年5月から6月にかけては、自宅の庭の片隅に作った小さな苺畑に実がなります。それを少しずつ摘み取って冷凍しておき、ジャムを作っています。週末しか自宅に戻らないので、口に入る数よりも虫や鳥に食べられてしまう数の方が多いのですが、それでも今年も小鍋一杯のジャムができました。  

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2020/05/11
巣籠り

緊急事態宣言に伴う活動自粛の状態のまま大型連休の期間が過ぎ、さらに活動自粛の期間が延長されました。高等司法研究科ではオンラインの授業開始から1か月が過ぎましたが、この状態はしばらく続きます。学生の皆さん、授業にしっかりと取り組めていますか?皆さんの顔を直接見ることができないだけに、我々教員の側も手ごたえを感じにくいところです。学生の皆さんにとって初めてのことであるだけでなく、この形の授業は、教員にとっても初めてのことで、どうやったら授業の効果を上げられるか、手探りの状態なのです。皆さんからも、改善すべき点は遠慮なく申し出てほしいと思います。ただ、授業のオンデマンドの配信には、今までにないメリットもあります。それは、授業を繰り返し聞き直すことができる、ということです。自分のペースで、しかし着実に次のステップを目指してください。新型コロナウイルスの感染が終息した後の社会では、ますます法曹の役割は重要になっていくでしょうから、今の状況に負けるわけにはいきません。  外出自粛の状態での生活は、孤立感を感じたり、ストレスが溜まると感じたりすることも多いと思います。このような生活を「巣籠り」と呼んだりするようですが、動物なら巣籠りは、外の危険を避けて雛や子が育つ期間です。発想を変えて、自分を育てるために、自分の部屋の中で出来ることに一生懸命取り組む時間だととらえませんか?私たち教員は、巣籠り中の皆さんのためにせっせと餌を運ぶ親です(餌が多すぎるという声も聞こえてきそうですが)。  私にとって巣籠り生活は、外食をほとんどしなくなり、料理を作る頻度が高くなるという効果をもたらしています。これはそれなりのストレス解消にもなっています。マスクを手作りするという、今までやったことがないことにも挑戦してみました。今の状況に前向きに向き合えば、案外楽しみも見つけられるものです。  

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2020/04/01
新入生へのメッセージ

4月1日は、新入生オリエンテーションの日です。例年、午前の部の冒頭には研究科長や来賓から入学を祝うメッセージを伝え、昼には歓迎会を行って教職員と交流する機会を設けるなど、実質的な研究科の入学式を行ってきました。しかし今、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、多人数が、密閉空間で、長時間過ごすことがないようにすることが求められています。そのため、今年は午前の部と昼に行っていた歓迎会を中止しました。4月1日午後の新入生オリエンテーションも、在学中に必要となる事項をお伝えするものになります。授業も当面は、教室で教員と受講生が対面する形では実施しません。 しかし、研究科として新入生に対する歓迎の言葉もない、というわけにはいきません。そこで、書面の形で研究科長としてのメッセージをお届けします。  ***   高等司法研究科に入学された82人の新入生の皆さん、入学おめでとうございます。皆さんはこれから2年ないし3年の間、法科大学院生として、法曹になるための勉強をすることになります。  では、法科大学院における学びの中で心掛けるべきことは何でしょうか。一つのエピソードを紹介したいと思います。それは、高等司法研究科の初期の修了生で、すでに弁護士として10年以上の経験を積んでいる皆さんの先輩の言葉です。彼は久しぶりに会った私にこう言ったのです。「法科大学院の間にもっとじっくり本を読んでおけばよかった。」この述懐は、実務家として活躍している今は忙しくて本を読んでいる時間がない、ということを言っているだけではありません。じっくり本を読んで、そこからいろんな問題を考え抜いて得た法律家としてのベースがないと、実務ではやっていけない、というのです。法科大学院在学中は、当面の目標である司法試験合格のために、試験に役立つことだけを効率よく勉強しようと思うかもしれません。そのために試験用の教材に書いてあることを頭に入れることに意識が傾いてしまうかもしれません。それではもったいないし、将来を考えると十分ではない、ということです。  今は、インターネットを通じて手軽に情報を得られる時代です。ただ知識を多く持っているだけでは、専門家の役割を果たすことはできません。物事を深く考え抜いたうえで、問題の本質を見極め、適切な解決を示すことができるからこそ、法曹は社会の役にたつのです。  当面はネットワークを利用した授業になり、皆さんにも不便を強いることになります。授業の内容をしっかりと身に着けていくことはもちろん大事ですが、時間割に縛られる度合いが小さくなる分、時間的な余裕ができるはずです。その余裕を使って、「じっくり本を読む」習慣を身に着けてください。

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2020/03/03
年度末です

学年末の慌ただしい時期になりました。高等司法研究科に入学予定の人にとっては入学後に備える時期ですし、1、2年次の在学生にとっては、この1年を振り返りながら来年度に向けてステップアップする時期です。修了を迎える人や修了生で再度司法試験に臨む人には、試験直前の仕上げの時期でしょう。  教員にとっては、新学期が始まるまでの間に海外出張などを入れることが多くなります。期末試験の採点が終われば、時間的な調整をしやすくなるからです。私も3月中旬に中国の四川大学で開催されるシンポジウムに参加する予定でした。ところが、新型コロナウイルスの影響で、このシンポジウムは夏以降に延期になりました。他にも国内のシンポジウムや研究会などの行事も軒並み中止ないし延期になっています。しかし、急に暇になったと喜んでばかりはいられません。卒業式(修了式)をどうするか、感染者(発症者)が学内で出たときの対応をどうするかなど、これを書いている時点(3月3日)で決まっていないことが多くあるからです。 ロースクール生にとっては、長期の休みは授業に追われることなく、自分の勉強に集中できる貴重な時間ですから、自習室で長く過ごす人も多いでしょう。新型コロナウイルスの感染が起きやすいのは、室内に長時間滞在し、人と人との距離が近い場合だといわれています。自習室で勉強するときも、換気を忘れず、うがい、手洗い(石鹸や消毒用アルコールを使って手指を念入りに)、人混みでのマスク着用など、感染予防の対策をしっかり取ってください。新学期の行事や授業に今の混乱が影響しないことを祈るばかりです。 年度末の恒例行事としては、退職教授の記念講義があります。高等司法研究科では、1月24日に下村眞美前研究科長の退職記念講義がありました。下村先生とは、学部入学が同期です。定年まで7年を残して退職されることは残念ですが、関西学院に移られ、引き続き法科大学院で教鞭をとられるとのことですから、これからはライバルです。  

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2020/02/10
加算プログラムの評価結果について

2020年1月24日に「法科大学院公的支援見直し強化・加算プログラム」の審査結果が公表されました。加算プログラムとは、各法科大学院に配分する予定の予算のうち一定割合を控除した額を原資としてプールし、それを法科大学院が自ら定めた目標を達成するための取組に対する評価によって加算率を決め、再配分するものです。控除される率は、法科大学院を3つの類型に分けて段階づけられており、本研究科は一貫して第1類型(基礎額算定率90%)です。昨年度からは、5年間の機能強化構想を提示し、その進捗状況を年度ごとに評価する方式になっています。本研究科が昨年度に提示した今年度からの5年間の構想は、「ITを活用した法学部との連携強化」、「多様な法曹養成プログラム」、「関西大学への支援の取組」、「キャリア支援の取組」の4つで、昨年の評価は「A」評価、加算率は最高の20%(つまり元々の配分予定額の10%増し)でした。この加算額を原資に、今年度は数年来の課題であった自習室のwifiの設備更新を決定するなど、学生への還元もできたところです。  ところが構想1年目の取組に対する評価である令和2年度の審査結果は、「B」評価で、加算率は5%に留まってしまったのです。厳しい評価結果になった要因は、つまるところKPI(Key Performance Indicator)の設定と、そこで掲げた目標値達成に向けた取組に関する説明の不足でした。昨年、全体としては「A」評価だったものの、「KPIの適切性」、「KPIの水準妥当性」という項目については高い評価ではありませんでした。このことをもう少し注意深く分析できていれば、このような低い結果にはならなかったはずだと思うと、反省することしきりです。  私は、学生には常々、「答案には、自分が書きたいことではなく、採点者が書いてほしいと思っていることを書け。」と説いています。今回の評価結果は、「評価者が書いてほしいこと」が書けていなかった、ということだと思いました。他人に説いていることを自らは実践できていないということでもあるので、恥ずかしくも思っています。ただ、本研究科が提案している各取組自体は、他の法科大学院と比較しても遜色のない、意義のあるものだと自負しています。来年度に向けて「評価者の視点に立った」説明を心掛け、加算率の回復を目指そうと思います。もちろん、予算の減額が学生への教育活動に影響を与えることがないようにすることが当面の課題です。4月からの1年間は、一層効率的な研究科運営に努めたいと思います。  

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2020/01/09
一年の計

2020年、新しい年が始まりました。例年、年末年始は三重の自宅で過ごしていますが、年末から餅つき、料理にしめ飾り、と一通りの準備をし、雑煮とおせち料理で今年の元旦を迎えました。手作りをした鏡餅が今年は形よくできたので、年始のご挨拶代わりに写真をお届けします。 「一年の計は元旦にあり」、と言います。英語では、“New year's day is the key of the year.” となるようです。ただ、この英語の表現では、「はじめよければ終わりよし」という感じになって、年頭の覚悟が伝わってこない気がします。年のはじめに「計」、すなわち自ら定めた目標を立てることに意味があるのだと思います。4月に研究科長職を引き継いでから9か月あまり、私にとって2019年は周囲の状況に対応することで精一杯の年でした。引き続き2020年4月からの2年間も研究科長を務めることになりましたし、今年は、自ら課題を発見し、それに向き合い、その解決に取り組む年にしたいと思っています。今までのやり方を踏襲するのではなく、常に前向きに、です。西尾総長も今年の年頭挨拶の中で、「前例がない」、「予算がない」等の理由で改革の歩みを止めてはならないとのメッセージを発しておられました。これを肝に銘じつつ、高等司法研究科をトップ・ロースクールといえる水準にすべく、たとえ小さなことであっても、努力を重ねていきたいと思います。  在学生諸君も、これから高等司法研究科を受験しようと考えている人も、一年の計をあらためて考えてみてください。  

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2019/12/04
大阪大学ツアー

師走です。12月末に文科省に連携協定の認定を求めて申請する予定で、法曹コースを阪大法学部に設け、法学部と高等司法研究科との間で連携協定を結ぶ準備が進んでいます。法曹コースは、法学部と法科大学院の一貫教育を可能にし、法科大学院在学中の司法試験受験と組み合わせることで、予備試験に流れていた層を法科大学院に呼び戻し、あるいは予備試験合格者が法科大学院を中途退学してしまうことを避けるために設けられることになっています。しかし私は、予備試験制度をそのままにした制度の改変にどれほど効果があるのか、疑問をもっています。法科大学院が法を学ぶ意義と楽しさを実感できる場にならなければ、試験だけで司法試験受験資格が得られる予備試験には対抗できないでしょう。  大学の法学教育は、単なる試験合格の手段ではなく、知的刺激に満ちた面白いものだ、ということを分かってほしい。そんな思いから、私は機会があるごとに、学部生や高校生などに法学の面白さを体験してもらえる模擬授業を行っています。今日はその一つ、「大阪大学ツアー」の紹介です。11月16日に大阪府下のGLHS(グローバルリーダーズハイスクール)の生徒に対する高大連携の取組である「大阪大学ツアー」が行われました。当日は、150人ほどの高校生(2回に分けて実施しました)に「人から話を聞く」ことを切り口に模擬証人尋問を体験してもらいました。模擬法廷で、実際に検察官役、弁護人役、証人役を演じてもらう、というものです。「主尋問では誘導尋問は禁止」、とか「反対尋問では主尋問に対する答えをどうやって崩せるかを考えて」という程度の簡単なルールの説明だけをして、実際に尋問をしてもらったのですが、ハプニングも想定外のやりとりも飛び出して、参加してくれた高校生にも楽しさを実感してもらえたのではないかと思います。  

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2019/11/06
ロースクールと国際交流

11月に入り、急に秋めいてきました。豊中キャンパスの銀杏並木も黄色く色づいています。さて、今月の話題は、ロースクールと国際交流です。  10月11日にオレゴン大学のMohamed Elian氏(写真中央)が阪大を来訪されました。阪大側は、私と中山法学研究科長、松井高等司法研究科副研究科長(国際交流室長)、法学研究科留学生担当のべリーグ准教授とで対応しました。オレゴン大学には、裁判外紛争処理プログラムと環境・天然資源法のプログラムがあり、外国からの留学生を受け入れている、とのことでした。そして、国際交流のための協定の締結とそれに基づく留学生の相互受け入れを実現したいとの提案がありました。こちらからは、日本のロースクールでは、在学中に留学を希望する学生がほとんどいないこと、アメリカのロースクールへの留学希望者が出てくるのは、法曹になった後であること、英語での授業を提供していない高等司法研究科では、留学生を受け入れることは難しいことなどを説明しました。中山法学研究科長からは、オレゴン大学の正規授業(集中講義)を大阪で開講してもらい、それを日本の学生も受講できるようにする、というアイデアが逆提案され、そのような形の交流も視野に入れつつ、今後も情報交換を継続することになりました。  今までも、法学研究科、国際公共政策研究科との3部局で外国の大学と交流協定を結ぶことは少なくありませんでした。しかし、実際に交流協定に基づいて、高等司法研究科の学生が在学中に留学する、といったことはほとんどなかったのです。高等司法研究科では、昨年から「グローバル法曹」のための特別選抜を実施していますし、外国語学部出身の修了生2人が今年の司法試験に合格しています。高等司法研究科の修了生が将来国際的な舞台で活躍していけるような素地を作ることもまた、研究科としての大きな課題であると思っています。

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2019/10/08
韓国訪問記

この欄で6月に韓国のロースクールからの訪問団を受け入れたことを報告しましたが、その際にお願いしていた韓国調査が実現し、9月2日から6日までの5日間、韓国の大邱を訪れ、犯罪被害者保護制度についての調査をすることができました(科研費による調査出張です)。先月分と報告時期が前後してしまいますが、この場を借りて報告します。  調査としては、裁判所、検察庁、日本の法テラスにあたる法律扶助協会のスタッフ弁護士、嶺南大学のスタッフなどから有益な話を聞くことができました。日本では、被疑者・被告人の弁護活動と被害者援助の対立が指摘されることがあります。これに対して、今回の調査も含め、韓国での聞き取りで印象に残ったのは、刑事弁護と被害者援助のいずれの立場でも、法曹としての客観性が強く意識されていることでした。被害者援助に取り組む弁護士でも、例えば、「無罪推定」について依頼者に説明し、当該事件で無罪判決が出される可能性についても伝える、というのです。  調査には、嶺南大学の法科大学院長李東炯先生(写真左端)、6月の模擬講義でもお世話になった徐輔健先生(写真右端)に終始同行していただきました。あまりの厚遇に恐縮していたところ、お二人が言われたのは、10年以上も韓国の学生を受け入れてもらっているお礼として当然だ、ということでした。かつて私が模擬講義を担当した、すでに実務家として活躍している嶺南大学の修了生にも声をかけていただき、食事を共にすることもできました。何年も模擬講義を担当しながら、一向に言葉を覚えることができない自分を恥じながら、たった1コマの模擬講義の縁を再びつないでくれた彼らにも感激しました。  せっかくの縁ですから、韓国の学生と交流の機会があった本研究科の学生や修了生が再度交流を深める機会を持ってくれたらいいなあ、と思っています。 嶺南大学の学長先生を表敬訪問したら、入口には「歓迎」の文字が…

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2019/09/11
司法試験合格発表と教員の処分について

今月は、報告を2件。  まず、9月10日に司法試験の合格発表がありました。高等司法研究科の修了生は、46人が合格しました。合格率(対受験者)も41.07%で、昨年実績を上回りました。合格した皆さんには、心からお祝い申し上げます。残念ながら今年は結果を出せなかった修了生の皆さんも、捲土重来、来年に向けてリ・スタートを切ってください。相談、修了生勉強会など、私たち教員も協力を惜しみません。  もう1件は、お詫びを兼ねた報告です。本年3月末に高等司法研究科教員による住居手当・通勤手当の不正受給と研究費等の不正使用の事案が公表されました。その後、懲戒処分の手続が進められてきたため、その結論が決まるまで研究科長としての所感等を公表することを差し控えてきましたが、8月中に結論が出ましたので、この機会にこの件について報告します。大学としての懲戒処分は、懲戒解雇という最も重い処分です。高等司法研究科は、公正な社会を実現する役割を担う法曹を養成するための教育機関です。その教員による不正行為(処分理由には上記の不正受給・不正使用のほかに、ハラスメントの事実が含まれています)ですから、研究科としても厳しい姿勢で臨まざるを得ず、泣いて馬謖を斬る、の心境で懲戒解雇の判断をしました。15年間ともに仕事をしてきた同僚をこのような形で失ったことは、残念でなりません。在学生、修了生をはじめ、関係する皆さんにご心配とご迷惑をおかけしましたこと、お詫びします。  しかし、過ぎたことを悔やんでばかりはいられません。この機会に研究科としてのスローガンである「新時代を担う真のLegal Professionals の育成」を再確認し、研究科一体となって取り組んでいきたいと思います。

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2019/08/08
期末試験を終えて

春~夏学期の期末試験が終わりました。在学生の皆さん、とりわけ今年度入学の皆さん、手ごたえはどうだったでしょうか。勉強した成果を答案に書ききることができたという人は、達成感を感じていることでしょう。他方、「時間が足りなかった。」、後から「こう書けばよかった」等々、反省しきりの人もあるでしょう。期末試験によって今学期の成績が決まることは、言うまでもありません。しかし、試験は受けたら終わり、点数がついたら終わり、ではありません。期末試験は皆さんの学びのプロセスの一里塚に過ぎないのです。  皆さんは、受講した科目について、予習・授業・復習のサイクルに加え、期末試験の前には、授業全体の復習、その科目の過去の期末試験問題や講評書の検討などの準備をしたはずです。期末試験に向けた準備が十分だったかどうか、今一度振り返ってみてください。8月末の成績発表では、答案に対する教員からの評価が示されます。それは決して単なる点数ではありません。平常点の評価も含め、皆さんの学びのプロセス全体が評価されるのです。答案のコピーは自分の手元に返ってきます。講評書や参考答案なども示されます。これらは、皆さんが自分の足らざるところを見つけるための学習素材です。たとえ今学期の点数が低くても、次学期以降に足らざるところを補う意識をもって努力を重ねてほしいのです。  ロースクール制度のスローガンとして、「プロセスとしての法曹養成」という言葉があります。期末試験もまた、そのプロセスの一つのステップです。それぞれの科目での経験を次のステップにつなげていくこと、そして阪大で学ぶ皆さん全体の実力が底上げされていくことを期待します。授業のない夏休みが自分のペースで勉強することができる貴重な時間だということも忘れずに。猛暑が続いていますが、頑張ってください。 韓国の霊巌女子高等学校の生徒さんの訪問がありました

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2019/07/03
韓国ロースクール訪問団

6月27日(木)に韓国のロースクールからの訪問団を受け入れました。毎年この時期に行われる恒例行事になっており、今年で11年目になります。今年は忠南大学から11人、嶺南大学から13人のロースクール生を迎えました。日本より少し遅れてロースクール制度ができた韓国では、学生の国際交流が認証評価基準の中で求められている由。そこで、阪大での授業だけでなく、裁判所、検察庁、弁護士事務所などを訪問しての研修が約1週間にわたり実施されました。27日は、G20サミットの前日で、大幅な交通規制も始まっていましたから、スケジュール通りに実施できるかが危ぶまれたのですが、無事に予定していた行事を行うことができました。今年の模擬授業は、憲法の松本先生と嶺南大学の徐輔健先生に担当してもらいました。テーマは、「DNA型データベースの合憲性」でした。この模擬授業には日本側から法学研究科の院生を含む17人の院生が参加し、活発な議論が行われたと聞いています。  実はこの日韓交流の取組において、授業や模擬授業を担当しなかったのは、今年が初めてでした。年によってテーマは変えてきましたが、ここ数年は韓国の学生たちに日本と韓国に共通する刑事司法上のテーマについてプレゼンをしてもらい、これにボランティアで参加してくれた阪大のロースクールの学生や修了生にコメントしてもらうという形で模擬授業を担当してきました。そのため、韓国側の教員との交流の機会は、さほどなかったのです。  今年は、研究科長として韓国側の教員との意見交換に参加しました。韓国側からは、韓国訪問の打診もありましたので、それに乗る形で、私個人の科研費による調査を夏休み中に韓国で行うことも約束することができました。これは思わぬ収穫といったところです。  最後に学生諸君に向けて一言。もうすぐ春~夏学期の期末試験があります。普段の勉強の成果が問われる機会です。また新入生の人には、初めてのロースクールの期末試験になります。試験に向けての準備を怠りなく進めてください。 模擬講義の質疑風景

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2019/06/06
コンティー面談

6月になり、春~夏学期のコンティー面談が行われています。学生の皆さんには担当の先生から面談予約の連絡が届いているはずです。中には、もうすでに面談を終えた人もあるでしょう。すでに面談を終えた人も、これからの人も、とりわけ新入生の皆さんの中にはこの面談の趣旨がよく分からない人があるかもしれません。あらためてこの場を借りて説明しておきます。  2007年度から開始し、2011年度からはWEB上で情報共有ができるシステムにバージョンアップしたコンタクト・チャート(Contact Chart、略してCC)システムは、コンタクト・ティーチャー(Contact Teacher 、略してCT)と学生が面談を通じてコミュニケーションを密にし、その面談の結果を教員全体で共有するものです。CC制度の目的は、以下の3つです(加算プログラム申請時の説明による)。 学生が、CTとの対話を介して、自己の学習状況を自己点検・評価・改善し、学習の目的としてのキャリアデザインを描ける自律した学習主体として成長することをサポートする。 CTが、学生たちの自己点検・評価を通じて自己実現しようとする営為をサポートする。 研究科は、学生と教員との間の対話を記録し、適切に共有し、学生支援の基盤とする  つまり、CTとの定期面談は、単に学生が入試成績や前学期の成績を教えてもらったり、教員が法科大学院入学前の学習歴について聞いたりして情報収集をするだけの場ではないのです。4月のこの欄の記事で、高等司法研究科の課題が「成績中位者以下の学生のレベルアップ」であることを示しました。面談を通じて集約した皆さんの声は、学習支援について、より効果の高い方法を考えていくための貴重な情報です。面倒がらずに面談に行って、皆さんの声を教員に伝えてください。そして秋の定期面談では、「これだけ頑張りました」とCTの先生に報告できるようにしましょう。 2018年度の成績優秀者表彰式を行いました

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2019/05/07
法律問題と料理

法律家に求められるのは、与えられた問題に対して適切な法的解決方法を示し、それを実践することです。 (私の趣味でもあるので)料理をたとえにして示してみます。料理は、食材を調理することで出来あがります。法律問題を含む事実が「食材」です。法律家に求められるのは、その食材を調理して食べられる状態の料理にすること、すなわち事実に対する適切な解決方法を示すことです。食材はほとんどの場合、そのままでは食べられません。道具を用いて調理し、そして味を調えて料理にするのです。道具と調味料に当たるのが法的知識とバランス感覚です。  まず下ごしらえとしては、食材を包丁で切るなどして調理できるようにします。包丁は、ただ持っているだけでは使えません。包丁がよく切れる状態に研がれていることが必要です。また、食材の状態をわかったうえで、その食材に対して包丁をどう入れるのか、つまりその使い方を知っていなければなりません。この段階を法律問題に当てはめれば、与えられた事実に適用すべき条文やその解釈としての法理をまず身につけなければならないということです。未修の諸君にとっては、これが最初のステップ(基礎科目)になります。  次は調理です。食材に応じて、どのような調理をするかを決めて、それを実際に行わなければなりません。これが事実を法理に当てはめることに当たります。この段階で失敗すると生煮えになったり、焦げ付いたりするわけですから、経験と身につけた技術を適切に用いることが必要です。法科大学院の2年次以降ではここを磨くわけです。  最後は仕上げです。料理では調味や盛り付けです。ここではバランス感覚が重要です。料理なら、美味しく、きれいに、がポイントです。見た目がきれいでも、味が不味いとか、味はいいが盛り付けが整っていないというのでは、いい料理とはいえません。法律問題でも、説明の論理自体には問題がなくても結論がおかしい、というのでは台無しです。たとえば答案を書くときには、答案構成の段階で事実の適示からそれに適用すべき法理の提示、事実への当てはめという流れを意識し、そのうえで結論が妥当なものか、をあらかじめ考えておいてほしいと思います。  法科大学院の2年、あるいは3年間は(あるいはその後も)一流のシェフ(法律家)になるための修業時代と心得てください。皆さんの成長を楽しみにしています。

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2019/04/01
新学期を迎えて

2019年4月から研究科長を務めることになりました。2004年に高等司法研究科が開設されて以来、私が6代目の研究科長になります。初代は吉本健一先生(商法)、第2代は松川正毅先生(民法)、第3代は谷口勢津夫先生(税法)、第4代は三阪佳弘先生(日本法制史)、第5代は下村眞美先生(民事訴訟法)です。 私が大阪大学に赴任したのは、2004年4月、法科大学院の発足時です。もう忘れられたことかもしれませんが、阪大の法科大学院は、2003年秋の時点では設置認可が保留となり、急遽補充人事を行って、他校より少し遅れて設置が認可された経緯があります。その補充人事で阪大に移ったのが私だったのです。私自身、前任校の法科大学院設置に関わり、前任校の方は設置が認められなかったため、窮地に陥っていたところでした。その進退窮まる状況を救ってくれたのが阪大だったのです。そんな事情があるので、阪大の法科大学院を盛り立てなければならないという思いは、今でも強く持っています。 研究科が一体となって取り組むべき目下の課題は、成績中位者以下の学生のレベルアップです。成績上位者がほぼ確実に司法試験に合格しているのに対して、中位以下の人たちの合格実績があまり芳しくはないからです。そのための様々な学習支援の取り組みを行ってきたところですが、指導を必要とする学生が我々の提供するサービスを利用していない現状があります。 そこで、学生のみなさんへのお願いです。予備校情報などに惑わされないで、自分の学習上の課題と正面から向き合ってください。コンティー面談などが自らの問題を発見するために役立つはずです。また、私たち教員やサポートしてくれるOB弁護士の人たちを、もっと活用してください。それが司法試験合格への最も合理的な方法です。

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2018/07/26
メールチェックしていますか?

入学時に学生のみなさんには連絡先としてメールアドレスを登録してもらっています。最近、そのメールアドレスに送信しても、返信がないことが増えています。学生同士では、LINEなどのSNSで手軽に連絡を取ることができるからでしょうか、メールをみない、また、メールでの連絡をしないことが多いようです。授業後に質疑応答の時間をとることができないときには、メールで質問をするよう促します。しかし、ほとんどメールは送られてきません。文章をつくる練習になるのに、残念です。  学外では、もちろん実務界も含めて、LINEだけで済ますことはできません。メールを使っての意見交換や文書・資料のやりとりは当然のように行われています。メールには手紙ほどではなくても、それなりの形式もあります。今からメールでの連絡になれておけば、社会に出てからも困りません。せめて、欠席連絡くらいは、LINE形式ではなく、メールとして恥ずかしくないものを送ってほしいと思います。  地震や大雨などの災害の際に、安否確認もメールでされますので、覚えていてほしいものです。

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2018/04/03
新学期を迎えて

今年の桜は思いのほか早く咲きそろいましたが、4月も楽しませてくれました。桜は、新しい年度が始まることを強く実感させてくれますね。  みなさんも準備万端で新学期の学修に取り組んでいることと思います。ところで、その前提として、学生ハンドブックを読んでいるでしょうか。履修登録の方法、修了要件に必要な単位等など大学院生活を送るうえで欠かせないことが記載されています。アンケートを採ると、時々「みていません」などと平気で書いてくる学生がいます。本研究科で真面目に学修しようという意欲があるのかどうかを疑いたくなります。後で後悔しないためにも、確認しておきましょう。  みなさんの多くは、幼少の頃から携帯電話やスマートフォンを手にしていたことでしょうから、「みる」ことには馴れていても、「読む」ことは苦手かもしれません。体系書と呼ばれる分厚い本を「読み込む」時間は今しかありません。焦らず、諦めず、分厚い本や長い文献と仲良くする方法を身につけていってください。基礎のないところに応用・発展はありません。地道な努力を惜しまないで、一歩一歩頑張りましょう。

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2017/07/23
研究科長室と研究室

最近、研究科長室が研究科長の研究室とは別にあることを知らない学生が少なくないことがわかって、驚いています。もともとローライブラリ4の場所にあった研究科長室が本館に移って3年以上たつので、研究科長室がどこにあるか知らないことも仕方ないとは思います。学生のみなさんからみれば、研究科長として仕事をしているのをみるのは、入学式や修了式で挨拶をする場面くらいでしょうし、私がどこにいようと、あるいは、何をしていようと関係ないということかもしれません。  それでも少しは、想像力を働かせてほしいなと思うのです。本研究科は、他の研究科からみれば決して大きくはないけれど、大学の一つの組織です。研究とは別に組織としてしなければならないことがたくさんあり、同じ部屋では処理できないことの方が多いのです。  試験問題を解く場合でも、また、実務においても「思い込み」はとても危険です。自分では気づくことが難しいだけに、いろいろな角度から検討してみるということを心がけてほしいと思います。試験問題を一読して、「この論点だ!」と思ったときこそ要注意です。一応、それと前提しつつ、他の可能性がないかどうかも慎重に検討してみましょう。  酷暑が続きます。体調を整え、期末試験を乗り切りましょう。

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2017/04/03
新学期によせて

3月22日には74名の修了生を見送り、4月3日には52名の入学者を迎えました。 毎年繰り返される風景ではありますが、新学期は、気分も新たになります。桜もようやく目覚めたようで、美しい花を咲かせ始めました。うきうきした気分になることも確かですが、みなさんには大きな目標があり、そこに向かって駆け出さなくてはならない時期です。3年生は、あと13か月後、2年生も25か月後には司法試験の受験が待っています。この期間をどうやって過ごすかが、その結果を左右するわけですから、計画を立て、規則正しい生活を心がけて過ごしてほしいと思います。  芸術やスポーツに限らず、法律の勉強においても「基礎・基本」が重要です。体系書の表現をまねして書いてみる、英単語と同じように単語帳を作るなども有効です。正確な基礎知識なくして、期末試験や司法試験に合格することはできません。テニスの選手や野球の選手がラケットやバットの素振りを何度でもするように、体系書を何度も読み込み、基本知識を何度も確認して、正確に身につけてください。  縁あってこの高等司法研究科でともに学修することになったみなさんですから、切磋琢磨して、数々の関門を一緒に通過してゆくことを願っています。

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2017/01/05
新しい年のはじめに

新年おめでとうございます。2017年が始まりました。  受験生である皆さんにとっては、盆も正月もないと思います。でも新しい年の初めに、少し時間をとって、今年の目標とそれにいたる道筋を考えてみてはいかがでしょうか。 「司法試験合格」という大きな目標を達成するためには、まず、何時までにどれだけのことができるようにしなければならないかを考え、計画を立てることが必要です。その上で、毎日の努力を数字に表すとか、カレンダーに「〇」「■」などの印をいれるなどして、目に見えるようにして「継続」を図りましょう。継続の結果は、期末試験や模擬試験で確認できるでしょう。  最近は、模擬試験を避ける学生が多くなりました。無料ではないので、「必ず受験しましょう」とはいえませんが、自分の立ち位置を確認し、合格するために何が足りないのかを確認できるよい機会です。また、「試験の雰囲気」に慣れることもできます。模擬試験も上手に利用してみましょう。  皆さんにとってよい年となることを願っています。

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2016/12/08
一般入試合格者のみなさんへ

大阪大学大学院高等司法研究科に合格されましたこと、誠におめでとうございます。本研究科を代表して、心から御祝を申し上げますとともに、みなさまを歓迎いたします。  本研究科では,自習室やパソコン室を24時間利用することができますし、一人一台ずつキャレルとキャビネットが使えます。もちろん固定式です。ネット環境も充実していますし、コピーは一定枚数まで無料です。図書室でも、学生のリクエストにできるだけ応えて図書を充実させています。このように、学生の学修環境を整えて待っております。  本研究科は,司法試験合格の最初の一歩です。将来、法曹になって活躍しているご自分を想像していただき、司法試験合格のその先を目指してください。そうはいっても、まずは司法試験という高い壁を乗り越えなければなりませんので,4月に本研究科に入学するまでに、みなさまには是非、法務省のホームページを開いて、司法試験の問題をご覧いただきたいと思います。これからの2年または3年でその問題の解答がすらすら書けるようになれるよう、今から準備していきましょう。  私たち教職員は、みなさまの伴走者であり、みなさまが司法試験に合格できるだけの力を養えるよう全力で応援いたします。  4月にお目にかかれることを楽しみにしています。

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2016/09/12
司法試験の結果を受けて

今年の司法試験合格者は、全体で1583名(昨年1850名)、本学修了生は42名(昨年48名)でした。既に報道もありましたとおり、今年の対受験者合格率は、26.75%でした。  このような結果を受けて、在学中の皆さんは浮き足立っているかもしれません。しかし、今すべきことは、予備校に駆け込むことではなく、足元から学修を見直すことです。基本事項が十分に身についていなければ、応用などできません。基本書や判例の読み込みが不十分であれば、事例問題に対応することはできません。判例の結論だけを覚えても、司法試験には対応できません。一度読めば、何でも見通せる天才でもない限り、基本書と条文の往復を繰り返すことを避けて通ることはできないのです。   在学生のみなさんは、第1学期の期末試験の答案返却を受けて、書き直したでしょうか。自分の答案を見直すのはおっくうです。しかし、特に成績が悪かった科目ほど、講評を読み、基本書や条文を読み直して、これで完璧という答案を作成することが肝要です。何が足りなかったのかを自覚し、課題を克服していってください。   法律の勉強は一朝一夕に進むものではありません。一歩一歩険しい山を登るのにも似て苦しいことも多いですが、その途中で足許にある動植物に感動することもあるように、「なぜここにこの条文が置かれているのだろうか」とか、「なぜこの用語が使われているのか」などに注意を払うと面白さがわかることもあるでしょう。みなさんが、待兼山から四方(司法)を眺め下ろす日が来ることを祈っています。

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2016/08/17
夏休みの過ごし方

期末試験も終わり、一息ついていることと思います。しかし、夏休みをどのように過ごすかによって、勉強が深まることもあれば、1学期の学修が無駄になることもあります。  1年生であれば、第1学期の復習、短答式過去問を解いてみる、第2学期に備えての予習などは最低限必要でしょう。2年生では、上記に加えて、論述式過去問に挑戦する、3年生では、これまでの総復習に加えて、短答式・論述式過去問を繰り返し、模擬試験を受験する、演習問題を解いてみるなどが考えられます。  皆さんの先輩方が、学習方法等について書き残してくれたものがCLEに掲載されています。CLEの「学生向け教育情報」→「新司法試験合格者体験記」などを参考にして、夏休みの有効利用を考えてください。  また、夏休みこそ、よりいっそう規則正しい生活を心がけてもらいたいと思います。司法試験本番の時間帯に合わせた生活スタイルを確立するよい機会でもあります。  有意義な夏休みとなるよう祈っています。

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2016/07/28
期末試験を乗り切る

いよいよ今週から期末試験が始まります。期末試験は、1学期間の総仕上げであり、次の段階に進めるかどうかが試されます。先生方は、受験者を落とす目的で試験をしているのではなく、全員が合格できるはずと思って問題を作成しています。ですから、肩に力を入れすぎることなく、「基本から考える」ことをすればよいのです。  では、「基本から考える」ために必要なことは何でしょうか。それは、基本概念を「正確に」身につけていることです。それぞれの科目で先生方から何度も聞かされていると思いますが、制度の趣旨や意義(定義)、要件、効果がすぐに思い浮かべることができるようになっていることが重要です。  法律の勉強が難しいと思われているのは、「暗記」と「趣旨の理解」とのバランスが取りにくいことにあるのかもしれません。基本的な概念を正確に覚えなければ、趣旨の理解につながりませんが、趣旨の理解をしないと暗記が不正確になります。このようなことから、法律の勉強には繰り返しが必要となるのです。  暑さも今からピークとなり、体力的にも厳しい時期となります。それぞれの生活パターンがあるでしょうから無理にとはいいませんが、「早寝・早起き・朝ご飯」など規則正しい生活を送って、期末試験を乗り切りましょう(明るく笑って2学期に再会できるよう頑張ってください!)。 

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2015/04/13
学生委員会との意見交換

昨年度来、豊中総合学館の自習室周りの環境をめぐって、みなさんからいろいろに要望を聞いています。それも含めて、5月7日(木)の17時から学生委員会のみなさんと研究科の運営委員会とで意見交換の場を持つこととしました。  3年くらい前までは、みなさんのいろいろな要望を学生委員会が集約し、それをもとに定期的に運営委員会が意見交換する機会を持っていました。しかし、いつの間にか途絶えてしまったようです。私が本学の法学研究科で学んでいた頃は、院生協議会というものがあり、自分たちの自習室環境を自主管理するとともに、必要な設備・備品、教育研究環境の改善について、定期的に研究科長に伝え、交渉していました(要望を出しても、ほとんど認められないことが多かったのですが・・・。もっとも、当時は野球好きが多かったので、「法学部長杯(カップもあった)」をめぐる対抗ソフトボール大会、懇親会が年に1回ありました)。  せっかくですので、交渉に向かう学生委員会の方々に、いろいろな意見や要望(建設的なものをよろしく!)を託してはいかがでしょうか。

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2015/04/09
新たな年度のスタートです

4月9日、本年度第1回目の研究科運営委員会を開催しました。今年度から、新たに国際交流室担当(2学期は教務委員長担当予定)として松井和彦教授、アドミッション委員長として水島郁子教授が加わり、研究科の運営を行っていただくことになりました。  全国の法科大学院は、昨年に引き続き、法科大学院教育の教育面の先進性、優位性を社会に示すために、様々な改革の取組み社会に示すことが求められています(いわゆる公的支援の加算プログラム)。本研究科は昨年度の申請の結果、一定の評価を得ることができました。本年度においても、水島・松井両先生が加わって、引き続き下記の柱で改革の取組みを考えています。 具体化でき次第、みなさんに新しい取組みをお知らせいたしますので、是非積極的に参加を考え下さい。 パブリック法曹養成の取組み 中央省庁、地方自治体との連携を強化して、インターンシッププログラムの展開を検討しています。 学生支援関係の取組み:名津井学習サポート担当会議委員長 Web媒体を用いたOULS’SAを通じて、本研究科を修了した弁護士アドバイザーと連携した学習サポートを強化します。 グローバル法曹養成の取組み 海外のLSや法的専門機関と連携して、法律事務所等におけるインターンシップ、それに向けた海外法実務準備教育プログラムを検討しています。 学部LS一貫教育の充実 法曹養成の短期化のための法学部教育との連携、飛び級制度の利用を活性化させるための施策を検討しています。 法曹の継続教育 本学知的財産センターと連携して行っている智適塾プロジェクトでの、修了=司法研修後のインターンとしての継続教育の充実を検討しています。 大阪地域のLS連携 昨年度関西大学との教育連携のさらなる展開、大阪地区の3つの他大学院と連携したキャリアデザイン教育の展開などを検討しています。

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2015/04/01
高等司法研究科新入生オリエンテーションにおける研究科長挨拶

本日みなさんを高等司法研究科に迎えることができたことを大変うれしく思います。そして、こころよりみなさんを歓迎いたします。 本研究科の大きな特長は、教員と学生との距離が大変近いことです。私たちは、みなさん一人一人を一丸となって手厚くサポートする環境を用意しています。この点は、他の法科大学院に負けるものではないと自負しています。みなさんが、法科大学院修了にふさわしい目標に向かって努力しようとするかぎり、本研究科の教職員は、最大限サポートすることを惜しみません。皆さんは安心して、自らの目標の実現に邁進してください。 法科大学院制度は、みなさんも御承知のように、現在さまざまに議論の対象となっています。 この間の議論のなかには、法曹養成をめぐる戦前以来の典型的な議論の一つが見られます。それは、旧司法試験制度の源流となった戦前の高等試験司法科試験が導入されるときの議論です。そのときの帝国議会で、ある議員は次のように主張しています。 高等教育機関における専門的な法学教育課程を経るという要件は「抑々愚か」であり「出来るか出来ぬかが勝負でその為めの試験だから、中学校であらうとも何処であらうとも一向差支ない、詰り学校と云フのは要するに入れ物だからどんな入れ物から出て来なければならぬと云フ道理はない、其者がしっかりして居れば宜いのである」 こうした教育課程の意義を無視した「乱暴」とも思われる議論を経て、大学の法学専門教育課程から切り離された司法試験制度が導入され、戦後長く続いてきたわけです。 2004年に導入された法科大学院制度は、これを改めたわけですが、いま再び当時と同じような議論によって、「異議申し立て」を受けています。 法曹を養成する最良の方法は、試験さえあればよいのか?法科大学院は、社会にとって、あるいは法曹を目指すものにとって、単なるコストを強いるものにしか過ぎないのだろうか?この問いに直面しています。私の答えは、もちろんNOです。しかし、この問いに対する答えは、研究科として追求していかなければなりません。そして、いくつかの教育の高度化に向けての施策を研究科をあげて準備しています。皆さんにこれから徐々に示していきたいと考えています。 最後に、これから紹介する言葉は、昨年も皆さんの先輩たちに伝えた言葉です。19世紀イギリスの思想家、ジョンスチュアート・ミルの言葉です。かれによれば、弁護士や医師など「専門職に就こうとする人びとが、大学から学び取るべきものは専門的知識そのものではなく」、「その正しい利用法を指示し、専門分野の技術的知識に光を当てて正しい方向に導く」ものであるとしています。そして弁護士を例に引いて、大学で学ぶことを通じて「単に詳細な知識を頭に詰め込んで暗記するのではなく、物事の原理を追求し把握しようとする弁護士となる」と強調しています(J.S.ミル著、 竹内一誠訳『大学教育について』岩波文庫による) 試験で測られるものには、限界があります。「物事の原理を追求し把握しようとする」体系的な思考に基づく「法学識」、これを身につけることこそ大学に設けられた法科大学院の使命であると考えています。その意味で、法科大学院は他に互換可能な単なる「入れ物」ではないのです。 本日皆さんを迎え入れることができて、このことを社会に対して示していくという決意を新たにしました。みなさん自身がより高い地平に到達できるようにこれから精進されることを期待して、私の挨拶とさせていただきます。

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2014/04/02
研究科長挨拶

本日みなさんを高等司法研究科に迎えることができたことを大変うれしく思います。そして、こころよりみなさんを歓迎いたします。 本研究科は、この4月に創設10周年を迎えます。すでに750名近くの修了生を送り出し、司法試験に合格した者は400名に及ぼうとしています。創設初期の修了生たちは、法曹界はいうまでもなく、企業、公的機関の第一線で活躍しています。こうした実績は、修了した学生諸君のたゆまぬ努力によるものであることはもちろんです。そして、わたしたちもまた、みなさん一人一人を手厚くサポートする教育研究環境を構築してきました。この点は、他の法科大学院に負けるものではないと自負しています。こうした姿勢は、この間2回にわたる法科大学院認証評価によって、高く評価されているところです。みなさんが、法科大学院修了にふさわしい目標に向かって努力しようとするかぎり、わたしたち本研究科の教職員は、最大限サポートすることを惜しみません。それがこれまで本研究科が掲げてきた「学生第一主義」であり、この点は今後も変わることはありません。 さて、法科大学院制度は、みなさんも御承知のように、現在さまざまに議論の対象となっています。とりわけ、どのような質の修了生を社会におくりだしているのか?という点が厳しく問われています。この問いは、2年後または3年後に、みなさんにも向けられることになります。法科大学院で何を学んだのか、あなたたちは、質においてどのような優位性を示すことができるか?と。 この問いに対する、研究科としての答えは、これからの教育の実践のなかで出していかなければなりません。そして、入学したみなさんには、この問いに対する答えを常に考えておいてほしいと強く希望するところです。そのための一つの出発点として、ここでは、大阪大学の精神的源流である適塾をとりあげ、その建学の「精神」を伝えておきたいと思います。 適塾は、緒方洪庵によって1838年に開かれました。昨年で開塾175年を迎えました。当時の適塾に、なぜ全国から塾生が集まり、栄えたのでしょうか。近年の研究では、その背景として、人類を苦しめてきた天然痘に対する治療技術(すなわち種痘です)が、18世紀末から19世紀にかけて、ヨーロッパから極東へ伝播したことが注目されています。日本には治療技術がもっとも遅く到達したにもかかわらず、国内での技術の伝播は、他国に比してきわめて急速に拡大したことが明らかにされています。それを可能にしたのは、適塾を初めとした全国レベルで発達した医家(医学者のことですが)のネットワークであったことが指摘されています。と同時に、ヨーロッパから発して、極東へ到達した種痘技術自体が、グローバルな「知」の展開を体現するものでした。つまり、適塾で学ぶことは、国内およびグローバルに展開する「知」の世界に参加することを意味し、そのことが当時の青年たちを強力に惹きつけたのです。 しかし、適塾で学ぶことは、単に新しい知識を獲得することのみを意味したわけではありません。というのも、当時翻訳を通じて得られる知識の量という点では、たかだか知れていたでしょう。むしろ、適塾生達が、どのような「学び」をしたのか、ということが重要だと思われます。 当時の医学を学ぶことは、実は、種痘事業、あるいはコレラ対策の実践を通じて、新しい「医療」を成り立たせる新しい社会の仕組み、さらにそれをはばむ国家社会の現状に対する深い洞察力を培うことにつながったと考えられます。だからこそ適塾で学んだ塾生たちは、狭い知識の修得にとどまることなく、社会の仕組みを根底から組み替え、新しい社会を構想・設計する能力を身につけていったのです。ここに適塾の「学び」の優位性があったのだと思われます。 と同時に、洪庵はこうした塾生を温かく見守るとともに、なぜ学ぶのか、という点で重要な戒めを与えています。「人の為に生活して、己のために生活せざるを医業の本体とす。安逸を思はず、名利を顧みず、唯おのれをすてて人を救はんことを希ふべし」にはじまる、いわば医の倫理を塾生に与え、社会公共への貢献を軸にした厳しい戒めとしたのです。 法もまた社会や国家の動きと無関係ではありません。社会の最先端で継起する諸問題は、法律の知識の単なる集積で解決できるものはむしろ少ないでしょう。そもそも、洪庵が戒めとした、人びとに寄り添う気持ちがなければ、問題の発見すらできない場合もあります。深い洞察力と幅広い知見をもって、複雑に交錯する要因を解きほぐして問題解決していくことが求められます。ここには、先に紹介した適塾の「学び」に通じるものを見出すことができます。 ところで、洪庵とほぼ同時代に生きたジョンスチュアート・ミルは、「大学教育について」と題されたセントアンドルーズ大学の名誉学長就任演説のなかで、次のように言っています。弁護士や医師など「専門職に就こうとする人びとが、大学から学び取るべきものは専門的知識そのものではな」く、「その正しい利用法を指示し、専門分野の技術的知識に光を当てて正しい方向に導く」類のものであるとしています。そして弁護士を例に引いて、大学で学ぶことを通じて「単に詳細な知識を頭に詰め込んで暗記するのではなく、物事の原理を追求し把握しようとする弁護士となる」と強調しています。ミルの発言の歴史的文脈を無視した牽強付会といえばそれまでなのですが、ここには、狭い知識の修得にとどまることなく、社会の仕組みを根底から組み替え、新しい社会を構想・設計する能力を身につけていった適塾の塾生たちの学びと相通じるものを感じます。 先にも述べましたように、みなさんには、これから2年ないし3年後に、本研究科で何を学び、その質においてどのような優位性を示すことができるのかについての答えが求められます。175年を経て大阪大学に受け継がれている、適塾建学の「精神」、塾生たちの「学び」のあり方を常に想起しながら、みなさん自身がより高い地平に到達できるようにこれから精進されることを期待して、私の挨拶とさせていただきます。

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