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研究科長室より

ペーパーチェイス

2025/06/18

 1973年にアメリカで制作された「ペーパーチェイス(The Paper Chase)」という映画をご覧になったことがあるでしょうか。ペーパーとは紙ですが、ここでは試験の問題用紙や答案用紙の意味であり、端的に言えば、試験そのものをイメージしています。チェイスは追跡や狩猟の意味ですが、そこに試験のイメージが被ると、試験競争といった意味になると思われます。映画の中身は、ハーバード・ロースクールを舞台に、ロー生達が、多かれ少なかれプライベートの生活を犠牲にしながらも学業に勤しむ青春物語になっています。

 私がこの映画を見たのは、正確には覚えていないのですが、日本に法科大学院が設立された年(2004年)よりも、ずっと前、たぶん、1980年代であったと思います。見たのは映画館ではなくテレビでした。当時であれば既にレンタルビデオ・ショップがあったので、VHSのビデオを借りて観賞することもできたはずですが(もちろん、サブスクの配信で見るといった方法はありませんでした)、たぶん、テレビで地上波放送されていた同映画を偶然に見つけて、何となく最後まで見てしまったのだと思います。つまり、どういう内容の映画なのかという事前情報なしに、何となく見入ってしまったというわけです。

 この映画が名作といってよいかどうかはあえて問いません。個人的には面白いと感じた記憶があるのですが、もう一回見ても同じ感想になるのか、ちょっと自信はないというのが本当のところです。でも、いくつかのエピソードが記憶に残っているので、それなりに印象的な作品だったということはできます。この欄でこの映画のことを取り上げてみようと思ったのも、当時、気になったことに触れてみたいと思ったためです。

 先に述べたように、映画の舞台はハーバード・ロースクールです。言うまでもなく名門のエリート・ロースクールです。映画はドキュメンタリーではなく、あくまでもフィクションとしてハーバードのロー生達を描きながら、ここで良い成績を修めて司法試験に合格することがいかに大変なのかを伝えてくれます。私がこの映画を見た当時、日本にはまだ法科大学院が存在しないというだけでなく、法科大学院が設立される気配すらありませんでした。そのため、あちらの国のロースクールは大変なところなのだと、人ごととして受け止めたことを覚えています。

 この映画について、ネタバレをできるだけ回避しながら、気になったエピソードに少しだけ言及しておきましょう。主人公は男性のロー生です。この人がロースクールで良い成績をとるため、必死に勉強するのですが、民法の某先生がソクラテス・メソッドの授業で主人公に厳しく当たり、鼻をへし折るようなことばかりを言ってきます。この先生はそもそも見かけからして迫力のある怖さを備えており、当時私は、(ハーバード)ロースクールには、こういう圧の強い先生がいて、その圧に耐えなければ、ロースクール生活はやっていけないのだと思わされました。本研究科にも威厳のある教員はおりますが、授業でロー生に圧をかけるようなことをする人はさすがにいない、と今なら思うところです。

 主人公のクラスの数名が集まってグループを形成し、期末試験対策のため、授業内容をまとめるノート作りに励むシーンも記憶に残っています。ノートの精度を上げるため、成績優秀だと仲間に認めてもらえないと、グループへの参加すらままならないというエピソードを見たときは、ロースクールってそういうところなのかと驚きました。本研究科でも、少人数勉強会が結成される際、ひょっとしたら、お互いの成績を確かめ合いながら、人選が行われているのかもしれないなぁ、と想像してしまいます。

 50年以上前のアメリカの名門ロースクールを描いたフィクション映画を思い浮かべて、現在の本研究科と比較するのは、あまり意味のあることではないのですが、日本にロースクールが設立されて20年ほど経った現時点で、ここのロースクール生活にもドラマになるようなエピソードがあるだろうかと想像すると、ちょっとだけ愉快な気持ちになります。圧の強い先生が主人公のドラマが作られることはないと思いますが。

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