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研究科長室より

AI時代の法科大学院ーー「考える力」をどう守るか

2026/10/05

 法科大学院で生成AIをどこまで使わせるべきか。2026年9月24日付日本経済新聞に掲載された東京大学の酒井邦嘉教授の論考「教育現場、生成AI使用の全面禁止が必要」は、米カリフォルニア大学バークレー校の動向にも触れ、教育現場での全面禁止を提起した。同年7月16日付の同紙も「米UCバークレー、課題でAI全面禁止 弁護士教育『自力思考が必須』」と報じている。読むこと、書くこと、考えることをAIに委ねれば、自分の能力を育てる機会が失われる。法律家の養成に携わる者にとって、重い問題提起である。

 ただし、バークレー校の方針には注意が必要だ。同校の公式ルールは、2026年夏から、単位取得のために提出する課題の着想、構成、執筆、修正、翻訳、推敲へのAI利用を原則禁止し、試験では目的を問わず利用を禁じている。一方、論文・レポート作成に必要な判例や法令、参考文献を探す限定的な利用は認めている。また、一定の条件のもとで、教員が教育上の判断により例外を設けることもできる。

 こうした方針の中心にあるのは、学生自身に思考力を身につけさせ、その力を評価することである。AIへの依存によって、思考力を育てる機会が失われることへの懸念は、法科大学院教育ではとりわけ深刻だ。判例を読むとは、結論を知ることだけではない。どの事実が判断を左右し、規範がどう導かれ、別の事案にも同じ論理が通用するのかを考える営みである。AIの要約で概要をつかめても、原文の曖昧さや論理の飛躍に立ち止まり、自ら悩む経験は得にくい。整った答案を得ることと、自分で法的判断を組み立てられることは、異なる成果なのである。もっとも、思考力の育成を重視するバークレー校でも、AI利用を全面禁止とはせず、限定的な利用や教育上の例外を認めている。

 では、日本の法科大学院ではどのように考えるべきか。基礎能力の形成を守るための禁止には理由がある。しかし、AIを活用して必要な資料を効率よく探す力や、その出力を検証し、利用の可否を判断する力も、教育で扱うべき課題だ。容易ではないが、何を身につけさせ、何を評価するのかを明確にし、利用の範囲を定める必要がある。

 まず、基礎を学ぶ段階では、AIに思考を委ねず、自分で課題に取り組む時間を確保したい。必要な条文や判例、文献を探す際には、AIの活用方法も教え、示された資料の実在を確認し、内容や課題との関連性を自分で確かめる力を育てる。そのうえで、条文と判例を読み、争点を抽出し、自分の言葉で理由を書く。質疑応答や短い論述を組み合わせ、答案の形式や体裁だけでなく、理解の深さを確かめる。どこで迷い、どう考え直したかを説明させることも、思考を育てる訓練になる。

 そのうえで、応用段階にはAIを批判的に扱う演習を設ける。事例を自力で検討した後にAIの回答と比較し、結論だけでなく、判断を支える事実や論理の違いを吟味する。引用された判例を原典で確認し、存在しない出典や事実の見落とし、反対説の欠落を指摘したうえで、どの部分を採用し、何を修正するか、その理由を説明させる。自分の判断も比較を通じて見直しを繰り返し、最終的な結論の根拠を示すことが重要だ。さらに、依頼者情報を含む事例を扱う際には、守秘義務や情報管理の観点から、AIに入力してよい情報の範囲や、利用を控えるべき場面も考えさせたい。

 研究科の側にも責任がある。「適切に利用せよ」という指示だけでは足りない。課題ごとに許される用途を示し、利用の範囲と検証の方法を申告させる。教員自身も、AIで作成した教材の内容を確認する必要がある。

 こうした教育の先には、さらに根本的な問いがある。人にできて、AIにはできないことは何か。その一つは、責任を引き受けることだ。* AIは判断の理由を文章にできる。しかし、依頼者に向き合い、その判断を自分のものとして説明し、誤りを是正し、結果への責任を負う主体にはなれない。「AIの回答によれば」というだけでは、法律家の責任は果たせない。

 だからこそ、自分で考える力が必要になる。根拠を理解せず、結論の妥当性を確かめられなければ、責任を引き受けるという言葉も空っぽなものになる。法科大学院が育てるべきなのは、答えを示す力とともに、その理由を説明し、結果に向き合う姿勢であろう。

 AI利用の是非をめぐる議論は、法律家の責任を問い直す入口でもある。「理論と実務の架橋」を求められる法科大学院にとって、AIの利用にどう向き合うかは、避けて通れない課題だ。その際に問われるのは、判断の根拠を確かめ、結果に責任を負う法律家の役割である。AIが判断を支える時代に、人が「責任を引き受ける」とは何を意味するのか。近いうちに、この問いをもう一段掘り下げてみたい。**

 *この点は、田中敏宏教授(大阪大学理事・副学長<プロボスト>)のご示唆による。

**複数の学生から、前研究科長のWebコラム「研究科長室より」が阪大を志望する大きな理由になったとの指摘をいただきました。なかなか同じようにはできないのですが、自分なりにぼちぼちと書いてみようと思います。

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