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研究科長室より

研究科長挨拶

2014/04/02

本日みなさんを高等司法研究科に迎えることができたことを大変うれしく思います。そして、こころよりみなさんを歓迎いたします。

本研究科は、この4月に創設10周年を迎えます。すでに750名近くの修了生を送り出し、司法試験に合格した者は400名に及ぼうとしています。創設初期の修了生たちは、法曹界はいうまでもなく、企業、公的機関の第一線で活躍しています。こうした実績は、修了した学生諸君のたゆまぬ努力によるものであることはもちろんです。そして、わたしたちもまた、みなさん一人一人を手厚くサポートする教育研究環境を構築してきました。この点は、他の法科大学院に負けるものではないと自負しています。こうした姿勢は、この間2回にわたる法科大学院認証評価によって、高く評価されているところです。みなさんが、法科大学院修了にふさわしい目標に向かって努力しようとするかぎり、わたしたち本研究科の教職員は、最大限サポートすることを惜しみません。それがこれまで本研究科が掲げてきた「学生第一主義」であり、この点は今後も変わることはありません。

さて、法科大学院制度は、みなさんも御承知のように、現在さまざまに議論の対象となっています。とりわけ、どのような質の修了生を社会におくりだしているのか?という点が厳しく問われています。この問いは、2年後または3年後に、みなさんにも向けられることになります。法科大学院で何を学んだのか、あなたたちは、質においてどのような優位性を示すことができるか?と。

この問いに対する、研究科としての答えは、これからの教育の実践のなかで出していかなければなりません。そして、入学したみなさんには、この問いに対する答えを常に考えておいてほしいと強く希望するところです。そのための一つの出発点として、ここでは、大阪大学の精神的源流である適塾をとりあげ、その建学の「精神」を伝えておきたいと思います。

適塾は、緒方洪庵によって1838年に開かれました。昨年で開塾175年を迎えました。当時の適塾に、なぜ全国から塾生が集まり、栄えたのでしょうか。近年の研究では、その背景として、人類を苦しめてきた天然痘に対する治療技術(すなわち種痘です)が、18世紀末から19世紀にかけて、ヨーロッパから極東へ伝播したことが注目されています。日本には治療技術がもっとも遅く到達したにもかかわらず、国内での技術の伝播は、他国に比してきわめて急速に拡大したことが明らかにされています。それを可能にしたのは、適塾を初めとした全国レベルで発達した医家(医学者のことですが)のネットワークであったことが指摘されています。と同時に、ヨーロッパから発して、極東へ到達した種痘技術自体が、グローバルな「知」の展開を体現するものでした。つまり、適塾で学ぶことは、国内およびグローバルに展開する「知」の世界に参加することを意味し、そのことが当時の青年たちを強力に惹きつけたのです。

しかし、適塾で学ぶことは、単に新しい知識を獲得することのみを意味したわけではありません。というのも、当時翻訳を通じて得られる知識の量という点では、たかだか知れていたでしょう。むしろ、適塾生達が、どのような「学び」をしたのか、ということが重要だと思われます。

当時の医学を学ぶことは、実は、種痘事業、あるいはコレラ対策の実践を通じて、新しい「医療」を成り立たせる新しい社会の仕組み、さらにそれをはばむ国家社会の現状に対する深い洞察力を培うことにつながったと考えられます。だからこそ適塾で学んだ塾生たちは、狭い知識の修得にとどまることなく、社会の仕組みを根底から組み替え、新しい社会を構想・設計する能力を身につけていったのです。ここに適塾の「学び」の優位性があったのだと思われます。

と同時に、洪庵はこうした塾生を温かく見守るとともに、なぜ学ぶのか、という点で重要な戒めを与えています。「人の為に生活して、己のために生活せざるを医業の本体とす。安逸を思はず、名利を顧みず、唯おのれをすてて人を救はんことを希ふべし」にはじまる、いわば医の倫理を塾生に与え、社会公共への貢献を軸にした厳しい戒めとしたのです。

法もまた社会や国家の動きと無関係ではありません。社会の最先端で継起する諸問題は、法律の知識の単なる集積で解決できるものはむしろ少ないでしょう。そもそも、洪庵が戒めとした、人びとに寄り添う気持ちがなければ、問題の発見すらできない場合もあります。深い洞察力と幅広い知見をもって、複雑に交錯する要因を解きほぐして問題解決していくことが求められます。ここには、先に紹介した適塾の「学び」に通じるものを見出すことができます。

ところで、洪庵とほぼ同時代に生きたジョンスチュアート・ミルは、「大学教育について」と題されたセントアンドルーズ大学の名誉学長就任演説のなかで、次のように言っています。弁護士や医師など「専門職に就こうとする人びとが、大学から学び取るべきものは専門的知識そのものではな」く、「その正しい利用法を指示し、専門分野の技術的知識に光を当てて正しい方向に導く」類のものであるとしています。そして弁護士を例に引いて、大学で学ぶことを通じて「単に詳細な知識を頭に詰め込んで暗記するのではなく、物事の原理を追求し把握しようとする弁護士となる」と強調しています。ミルの発言の歴史的文脈を無視した牽強付会といえばそれまでなのですが、ここには、狭い知識の修得にとどまることなく、社会の仕組みを根底から組み替え、新しい社会を構想・設計する能力を身につけていった適塾の塾生たちの学びと相通じるものを感じます。

先にも述べましたように、みなさんには、これから2年ないし3年後に、本研究科で何を学び、その質においてどのような優位性を示すことができるのかについての答えが求められます。175年を経て大阪大学に受け継がれている、適塾建学の「精神」、塾生たちの「学び」のあり方を常に想起しながら、みなさん自身がより高い地平に到達できるようにこれから精進されることを期待して、私の挨拶とさせていただきます。

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